2026年1月4日 (降誕節第2主日)
ルカによる福音書2章41節~52節
『エルサレム訪問』
1.毎年、過越祭には
毎年といっても、エジプトでの難民生活をしているときは、いくらなんでもエルサレム訪問はできなかったのではないか、と思われる。嬰児虐殺を命じたヘロデ王が亡くなって、狙われる危険が去ってから、聖家族は故郷に帰還することになるからだ。危険が去らないあいだに、危険をおかしてまでしてエルサレム訪問をすることは無謀ではないかと思う。
だから、「毎年」とは言っても、それは故郷への帰還を果たしてから後であろう。
それにしても、エルサレム訪問は、聖家族すなわちヨセフとマリアが、神への敬虔な信仰者であったことを示している。
ヨセフは「正しい人」であったと記されているし、マリアは天使ガブリエルの受胎告知を従順に受けとめているからだ。
二人が幼子イエスを迎えるにあたって示した決断、行為、実践には、幾多の信仰的な試練があったが、これらの葛藤を二人は乗り越えてきた。驚くべき信仰の堅固さである。
結婚の約束をしているとはいえ、同居する前に、マリアが懐胎したことは、人間的な常識からいえば、姦通を疑ってしかるべき事態だった。ヨセフが懐胎の事実を知り、ひそかに離縁しようとしたのは、彼が、マリアを深く愛していたからだった。離縁の責任を自己一身に負い、マリアの罪とさせない為だった。自らに罪の責めを負うことに、彼は「正しさ」を見いだしていたのだ。しかし、その現実が神によってもたらされた出来事であるという啓示を、神はヨセフにお示しなった。彼は神の示しをそのまま受けとめて、離縁をせずに、自分の子として受け入れる。ここにも彼の「正しさ」の証明がある。
マリアもまた、天使の告知を受け、「神にできないことはなにひとつない」という御使いの言葉を信じた。
いずれも、神の介入に対する驚くべき従順である。「信ずる」という事柄が、現実に身体の奇跡へと時とともに、現出してゆく。彼らの歩みは、奇跡以外の何ものでもない。
2.主イエス12歳のときのエルサレム訪問
この頃は、ヘロデの脅威は去っていたのだろう。ルカの記述から聖家族の様子はある種ののんびりとした平和な雰囲気を感じる。長男のイエスがひとりエルサレムに残っているのに、家族の誰も気づかない。
「イエスが道連れの中にいるものと思い一日分の道のりを行ってしまった」のである。一緒に旅をしていると思い込んでいたのだ。その間、だれもイエスのことを気に懸けない。
12歳にもなれば、分別もつき、親がいちいち気に懸けずともしっかりしていると思われていたのかもしれない。12歳という年齢はこどもとおとなの中間で、思春期に入ろうかという時期だから、しっかり者とみなされていたのかもしれない。
あるカルト宗教の人たちは(旧統一協会)、イエスが家族から充分愛情を受けていなかったから、いなくなっているのに放置されていたのではないかと考えているが、それはない。
両親は長男であり、神から啓示を受けて授かったイエスを特別に愛していたはずだ。イエスを守るために、家族は遠くはるかエジプトまで逃避行をしてきただから、特別な愛をイエスは父母から受けていたことは間違いない。
だから、この日の父母の「思い込み」は、こどもなのに、大人のようにしっかり成長したことからきたものだったことだと考えられる。いわばイエスへの過大評価が生んだ「思い込み」である。両親・家族の愛情の深さは、イエスを捜す行動をみればいっそうはっきりする。
「それから親類や知人の間を捜し回ったが見つからなかったので捜しながらエルサレムに引き返した。」
エルサレムへと捜しながら引き返すヨセフとマリアの心痛が伝わってくるようだ。ここに二人のイエスへの愛情を感じないわけにはいかない。
3.三日の後イエスが神殿の境内で
イエスが家族の一行から姿を消してから三日目という日のことであろう。
一行がエルサレムを出発して丸一日経ってから、いないことに気づく。気づいてから捜しながらエルサレムに引き返すのに丸一日かかる。これで丸2日経つ。丸2日経過した後の翌日だから、三日の後ということだ。
ヨセフとマリアはエルサレムの街中を捜したことだろう。イエスがいそうな場所を捜したはずだ。
両親がイエスを見つけたのは、神殿の境内だった。
「イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。」
この時の両親の思いはどのようなものであったのか。
わずか12歳の少年にすぎないイエスが並み居る学者たちの真ん中に座っている。そればかりか「話を聞いたり、質問したりしていた」というのだ。
この光景は、一見して少年にもかかわらず学者たちと対等に議論をするほど、賢く聡明な天才少年だという印象を与える。
少年時代のイエスは、それほど聡明だったという光景だ。
しかし、わたしは、少年イエスの聡明さもさることながら、若輩にすぎない少年を相手に、議論をまじめにしている学者たちの態度に興味を覚える。
「聞いている人は皆イエスの賢い受け答えに驚いていた。」
そしてさらに、この議論の様子を傍で「聞いている人」の反応がいっそう、少年イエスの賢さに驚嘆することで、天才ぶりが強調されるのである。
少年時代の主イエスの様子を伝えるのはこのルカの記述だけだ。キリスト・イエスは類い希な賢さと聡明さを兼ね備えた天才的な少年であり、その賢さに周囲の者たちは、敬意や驚嘆をもって観ていたというのである。
このような異彩を放つ少年であれば、その名声は小さなユダヤ教社会ではさぞとどろいていたであろう考えてもなんの不思議もない。
しかし、その後のイエスが、名声を博して有名になったとか、注目されて育ったとか、そういう形跡は皆無としかいいようなないほど、記録にない。
4.なぜこんなことをしてくれた
「両親はイエスを見て驚き母が言った。『なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。』」
ルカの神学的な意図は、天才少年イエスを描くことだったのだろうか。わたしは違うと思う。
主イエスの宣教は、病を癒したりしながら貧しき人々を招き、愛する神の愛を実践することで、人々が「神の人」をイエスにみて、信ずる人々が集まった。そして同じことで、憎む人々が生まれた。そういう福音宣教だったのであり、イエスの賢くて聡明な「知恵」への賞賛や驚嘆ゆえに人々が信じた訳ではない。
たしかに主イエスは非凡な才能を少年時代に発揮していたと考えるのことは間違いではないだろう。しかし、それがゆえに、わたしたちは主イエスがキリストであると信ずるのでは毛頭無いのである。主イエスが神の独り子なる神であられるからこそ信ずるのであって、主イエスが優れた知恵と知識の持ち主だから信ずるのではないのだ。
このことは、主イエスにとってもっとも身近な存在である両親の反応によって、明確にされる。
「なぜこんなことをしてくれたのです。」
両親は、心配、心痛の切実さをイエスに訴えている。この心痛・心配がイエスへの愛情から発していることは明らかである。両親は、イエスの利発さを喜んではいない。学者や周囲の人々の感嘆や評価など両親には眼中にはない。イエスの活躍ぶりを誇る気持ちなどさらさらない。人の評価がいかに高かろうが両親にはどうでもよかった。両親には、「こんなこと」より、黙っていなくなることがいかに自分たちの心を痛めさせたかをイエスが思いやれないことを悲しんでいるのだ。
両親からしてみれば、イエスが自分たちの思いに配慮してくれないようにしか受けとめられないのだ。
人として、このような両親の反応は、愛情深い親の思いとしてはよく理解できる。
(わたしたちが、どんな思いであなたを必死に捜していたか、あなたは考えられないの?)という思いだろう。この親の思いこそが両親の切なる思いであって、学者と対等に議論したり、受け答えが賢く、人々がびっくりしたとか、そんなことは両親には、どうでもよかったのだ。
5.どうしてわたしを捜したのですか
「するとイエスは言われた。『どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを知らなかったのですか。』」
「しかし両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった。」
少年イエスの答えは、両親には理解しがたい意表をつくものだった。
しかし、イエスの、不思議なこの応答こそが、ルカが信仰の言葉として読者に訴えているものである。
ここには、人間としての情愛溢れる両親の言葉と振る舞いと、両親には理解しがたいイエスの愛の世界とが見事な対比を示されている。
イエスに、両親の人の親としての情愛の深さ、それゆえの心配・心痛がわからないはずはない。イエスは神なのだ。
イエスはヨセフとマリアという人の子として誕生した。人の子として育まれて成長するまさしく人として、公的生涯を出発する日を迎えるまで、この両親の子として生きているかぎり、両親の愛情を一身に受けて育つのだ。
「それからイエスは一緒に下って行きナザレに帰り両親に仕えてお暮らしになった。母はこれらのことをすべて心に納めていた。
イエスは知恵が増し背丈も伸び神と人とに愛された。」
だから、イエスは誰よりも人としての愛情の世界を知っていた。親の思いがわからぬはずはない。父母の心配・心痛は痛いほど理解できていた筈だ。しかし、主イエスは、人の愛情の世界に埋没して生きるような人生を生きていたのではなかった。イエスには、「父なる神」との「愛の世界」にこそ、プライオリティー(優先順位)があったのだ。
イエスは神から離れ、神に背いた人類を、神との交わり、神と親子の関係へと結びつける「救い」を、人間世界にもたらす聖なる使命を常に自覚していた。イエスにとっては、人間の愛情の世界を神と共なる愛の世界へと、まったく新たに創造するということこそが、最も重要な事柄だったである。
6.インマヌエルの神人イエス(神殿)
この聖なる使命に生きるイエスにとって、神は常にご自身と共にあるお方である。
主イエスは「神が共におられる(インヌマヌエル)」人であるがゆえに、捜しておられるのは、神ご自身なのだという事実を主イエスは両親に暗々裡に伝えたのだ。父なる神こそが、罪深い人類を、限りなき愛をもって捜し続けて来られた。
神こそが、深く痛み、人類を捜し求めておられる。
この神殿は、神が共におられることを最も力強く証ししているではないか。だからこそ、「私自身がこの神殿が証ししている活ける神殿なのである」と主イエスは言われているのだ。いまは分からなくても、やがて人類に、明らかにされる時が来る。主イエスが、このように、神殿を「父の家」と呼んだのは、「父の家」に「いる」イエスが父なる神の独り子であるのだという「自己啓示」を意味する御言葉だったからなのだ。
7.母はこれらのことをすべて心に納めていた
そのときはわからなくても、分かるときが必ず来る。
主イエスが、公的生涯を開始されたとき、神殿境内で「宮清め」をなさった。そのときに、「わたしはこの神殿を壊し三日後に再建する」と語られたとき、その神殿がご自身を指していると弟子たちは理解した。
いつしか母マリアも神殿が主イエスの比喩だということを、やがて知る時が来たであろう。
わたしたちもまた、キリスト者自身もまた、神の宮(神殿)であることを自覚する時が来る。
主イエスの神殿と共なる存在とされることによって、わたしたち自身が、イエスと共なる存在へと変えられるからである。 感謝
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