マイブログ リスト

2026年7月25日土曜日

 2026年7月26日 (聖霊降臨節第10主日)

コリントの信徒への手紙Ⅰ12章14節~26節

『キリストの体』

                  『キリストの体』
               コリントの信徒への手紙Ⅰ12章14節~26節
14:体は、一つの部分ではなく、多くの部分から成っています。
15:足が、「わたしは手ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。
16:耳が、「わたしは目ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。
17:もし体全体が目だったら、どこで聞きますか。もし全体が耳だったら、どこでにおいをかぎますか。
18:そこで神は、御自分の望みのままに、体に一つ一つの部分を置かれたのです。
19:すべてが一つの部分になってしまったら、どこに体というものがあるでしょう。
20:だから、多くの部分があっても、一つの体なのです。
21:目が手に向かって「お前は要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えません。
22:それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。
23:わたしたちは、体の中でほかよりも恰好が悪いと思われる部分を覆って、もっと恰好よくしようとし、見苦しい部分をもっと見栄えよくしようとします。
24:見栄えのよい部分には、そうする必要はありません。神は、見劣りのする部分をいっそう引き立たせて、体を組み立てられました。
1. 奴隷制時代の術語だった「奴隷」の同義語としての「体」
     「奴隷」の同義語は、「身体」(ソーマ)である。 古代ローマの奴隷は、自らの意思で自分の身体を自由にする権利をもたない。奴隷の身体は、主人のものである。奴隷の身体は、主人の代わりに懲罰を受け、主人に名誉と利益を還元する。奴隷とは、主人の影武者のような存在であり、自分の意思の自由を持たない身体にすぎないと考えられた。『古代ローマの奴隷制とコリントの信徒への手紙一』福嶋裕子
  コリント教会の信徒には、男女の自由人と男女の奴隷の存在を認めることができるという。
 コリントは紀元前146年にローマによって滅ぼされ、紀元前44年にユリウス・カエサルがローマ植民都市(Colonia Laus Julia Corinthiensis)として再建するまで荒廃に帰していたが、クラウディウス帝の治世(41-54年)までにローマ都市の外観をもつ建築が急増し、ローマの元老院属州アカイアの首都であった。ローマは奴隷制によって社会が成り立っていたから、コリント教会の信徒たちは、一歩教会の外では、自由人と奴隷という厳重な身分の差が存在しているなかを生きていたのである。
 この時代、「奴隷」(ドウーロス)と「体」(ソーマ)は同義語であった。つまり、奴隷は奴隷所有者の「体」の一部とみなされていたのである。奴隷は、「身体」として数えられ、家の財産管理目録に記録されていたのである。

2.所有者の「体」でしかなかった「奴隷」
 古代ローマにおける奴隷の人口は、帝国全人口の15% から20% と推定されています。帝国全人口で考えると八人に一人は奴隷だったと言うのです。一般に古代の百万人都市ローマには、三十万人の奴隷がいたと言われています。古代ローマ世界は、奴隷制によって成り立っていたのです。
   奴隷を入手する方法は三つありました。第一は奴隷を「贈物、遺産相続、購入」によって獲得すること。第二は自分の所有する「女性奴隷が、子どもを産むこと」により、奴隷が増えて行くこと。第三に、これが最古の方法で、戦争により「捕虜となった者」を奴隷とすることでした。
  奴隷の立場に置かれた人々にとって、世界は苛酷だったに相違ありません。人生は暴力に常に脅かされていた日々の連続だったでしょう。奴隷は所有者の財産。モノにすぎないのです。犯されても殺されても文句一つ言えない境遇なのです。
 『グラディエーター』(原題:Gladiator)という映画あります。この作品でローマ軍団の将軍であった者でも奴隷へと落とされてしまうことが描かれていました。自由人と奴隷は移行することがあったということです。しかも自由人も系図を辿ればもとは奴隷だった人も多かった。しかし、奴隷身分から解放されるのは、所有者の意思ひとつにかかっていたので、自分から自由人になることは困難でした。
 コリントの教会には、おそらく男女の少数の自由人、解放奴隷、そして奴隷、さらには神殿娼婦だった女性も含めていたのではないかと想像されます。

3.ローマ市民はなぜ「特権」を棄てた?
   奴隷所有者の財産でしかなかった奴隷の人たち、解放されたとはiいえ蔑みの対象からは免れず差別されていたであろう解放奴隷の人々と、自由人の間には、葛藤はなかったのでしょうか。
 いやそもそも、奴隷の人々と同じ信仰共同体に自由人たちはすすんで洗礼をうけて「兄弟姉妹」として交わり、「聖徒の交わり」に加わることができたのは、どうして可能になったのでしょうか。社会的差別意識をもったままでは、それは絶対不可能だったと思います。
 自由人、自由市民と言ってもよいと思いますが、パウロ自身ローマの市民権を持っていた人でした。彼はキリスト者となったいまは、そのことを「糞土」のようだと言い放っていますが、彼自身がそのように、「特権」を完全に捨て去っていることはともかくも、パウロの福音を聴いて、ナザレのイエスを主と信じたローマ帝国市民たちが、パウロ同様に,自分たちの特権を完全に放棄して、奴隷身分の人たちと完全に同等、平等の交わりに入ろうと決断したのには、いったいどのような心の動きが、彼や彼女のなかに生起したのであろうか、わたしにはとても不思議に思えるのです。
 奴隷制度が、制度であって、約束事、暗黙の了解事項の共有によって成り立っていたことは明らかです。最も古くからある方法、つまり戦争捕虜を全部奴隷にしてしまうことによって奴隷とした。勝者が敗者を家畜同様の「モノ」」とみなしたことに始まりました。この制度は肌の色の違いは関係ありませんし、言葉の違いも文化の違いも関係ありません。ただ戦争の戦利品として人をモノとして扱ったことに始まりました。
 かつてはモノにすぎなった人、誰かの所有物でしかなった人を、自分自身のかけがえのない家族として、兄弟姉妹として愛し愛される存在と、心から信じ受け入れるようにされた。そういう出来事がローマ市民に生起したということです。
 この出来事は、人間的動機から説明できません。正義漢とか、理想主義とか、自分が善人でありたいとか、そんな動機が長続きするとは到底考えられません。ローマ市民のなかにしみついていた社会的差別意識を完全に粉砕し、融解させてしまう出来事だからです。人間的動機からはただ不可解としか言いようがない事が起こったのです。
 神の出来事としか説明できません。そう言っても説明にはならないのかもしれませんが、とにかく、人間の罪を消去する出来事が起きたことは間違いありません。だから神の出来事としか言いようがないのです。

4.被差別者に生起した赦しの出来事
   神の出来事は、差別・暴力を日常的に受け続けていた解放奴隷や奴隷身分の人々にも起こったと言わねばなりません。
 それまで、生かすも殺すも奴隷所有者の胸先三寸という暴虐を受けていた被差別者の心は、どうであったでしょうか。
 何をされても抗うことが許されない状況に置かれていた人々は、恐怖・不安が日常化していたに相違ありません。その人々が横暴をほしいままにしてきたローマ市民たちをこころの内では軽蔑し、憎んでいたのではないかとわたしには思えるのです。そんな人々が、権力者として抑圧してきた人々を、神の家族として、心から受け入れ、同じ神の子として「兄弟姉妹」の交わりを、どうしたら保てるでしょうか。
 心の中に「わだかまり」が残っていても不思議ではありません。日常的に抑圧者の立場にあった人を、簡単には受け入れられないのは当然ではないでしょうか。
 被差別者の人々が差別者を赦し、こころから愛する家族として受け入れられる出来事が生起した。この出来事が生起したのでなければ、被差別者の人々は洗礼をうけはしなかったのではないでしょうか。
 この容易ならざる全人格的な赦しの決断が生起したのことは間違いないと思います。この出来事は人間的な動機では説明できません。恨みや憎しみの感情は容易に消え去りはしないからです。だから、やはりこの人々にも「神の出来事」が起きた、としか説明できないのです。

5.抑圧者の「体」(奴隷)ではなく「キリストの体」 なる教会
  パウロは、自らをキリストの僕(奴隷)と称しました。「罪の奴隷」であった自己をキリストに買い取られた(贖われた)「キリストの奴隷」だと言ったのです。
 忌まわしい意味でしかなかった「奴隷」という言葉を、「キリストの奴隷」と言い換えることによって、「罪から真に解放」し、真実、神の前に自由にされた存在を意味する言葉に、言葉を換えたのです。
 言葉を換えれば、現実も変わるのかと言えばそうではありません。現実こそが変えられているからこそ、言葉が現実に対応するのです。
 奴隷身分の人々は奴隷所有者の財産でしかありませんでした。生殺与奪の権利を抑圧者によって握られていました。自分自身は自分自身の自由にはならない奴隷所有者の「体」=「奴隷」でした。
 しかし、主イエス・キリストによって、「罪」の縄目から解放されたという現実が、信仰によって生起したいまは、自分自身の命は、キリストの「体」となったのです。自分自身のうちには、真実の主人であられる主イエス・キリストが現存しているのです。それゆえ、「私」はもはや「私」ではなく、「私のうちにキリストが生きておられる」から、「私はキリストの体(奴隷)」なのです。キリストの奴隷は、あらゆる抑圧者にとっても、決して従属・依存しない、神の前に独立したかけがえのない尊厳をもつ存在とされているのです。この現実が現に起きているので、わたしは、地上のいかなる権力の前にも屈従する必要はもはやないのです。そうであるからこそ、地上においては、たとえ奴隷所有者であろうと、完全に人として対等・平等な存在だという確信が揺るがないのです。もはや、抑圧者を恨むことも、憎むことも必要としないのです。愛するのです。
 こういう現実が生起したと考えざるを得ないのです。

6.神々の妻として生きてきた神殿聖娼に起きたこと
  コリントのアクロコリントス神殿には、千人もの神殿聖娼がいたと言われます。神々に仕える女性であり、神殿で神々を崇拝する行為をしに来る不特定多数の男性と「みだらな行為」を生業としていた女性たちです。
 このような過去をもつ女性もキリスト・イエスのこどもとしてキリストの教会へと受け入れられていたとも考えられるのです。  この女性たちにも、神の出来事は生起したはずです。主イエスの福音を信じて洗礼を受ける決心をした彼女たちは、「みだらな行為」によって神々と交わるという「異教の信心」を棄てる決心をしたはずです。もはや、かかる「みだらな行為」をしなくともよいし、したくはないと彼女たちは、自分自身の「からだ」を清く保つようになったはずです。
 彼女たちは、生業を棄てました。それでその後、どうやって生きてゆこうとしたのでしょうか。聖書には、沈黙していますが、彼女らが過去の行為を心ならずも生きるために再び繰り返すことを、教会は決して望むはずはないと、わたしは考えます。
 わたしは想像するのです。彼女たちに生きる術を、教会は家族として真剣に考えたはずだと。そうであれば、そこから「福祉」という事柄の原初的な働きが生まれてきたのではないか。そう思えてくるのです。教会から、教育や福祉が始まったのは、神の家族として互いに愛し合う交わりを現実としてゆくためだったと思うのです。 愛する姉妹たちに、二度と「みだらな行為」をさせてはならない。兄弟姉妹ならば、そう考えるの当然でしょう。
 いまも、聖霊の働きは、絶えることなく継続しています。貧困に苦しむ人々、災害にあって苦難を経験する人々、戦火のなかで困難を抱えている人々を、基督の体として、すなわち私の体の一部として愛するように愛する働きが続いているのです。

2026年7月20日月曜日

 2026年7月19日(聖霊降臨節第9主日)

コリントの信徒への手紙Ⅱ6章1節~10節

『神による完全な武器』


            『神による完全な武器』

コリントの信徒への手紙Ⅱ6章1~10

1:わたしたちはまた、神の協力者としてあなたがたに勧めます。神からいただいた恵みを無駄にしてはいけません。

2:なぜなら、

  「恵みの時に、わたしはあなたの願いを聞き入れた。救いの日に、わたしはあなたを助けた」と神は言っておられるからです。今や、恵みの時、今こそ、救いの日。

3:わたしたちはこの奉仕の務めが非難されないように、どんな事にも人に罪の機会を与えず、

4:あらゆる場合に神に仕える者としてその実を示しています。大いなる忍耐をもって、苦難、欠乏、行き詰まり、

5:鞭打ち、監禁、暴動、労苦、不眠、飢餓においても、

6:純真、知識、寛容、親切、聖霊、偽りのない愛、

7:真理の言葉、神の力によってそうしています。左右の手に義の武器を持ち、

8:栄誉を受けるときも、辱めを受けるときも、悪評を浴びるときも、好評を博するときにもそうしているのです。わたしたちは人を欺いているようでいて、誠実であり、

9:人に知られていないようでいて、よく知られ、死にかかっているようで、このように生きており、罰せられているようで、殺されてはおらず、

10:悲しんでいるようで、常に喜び、貧しいようで、多くの人を富ませ、無一物のようで、すべてのものを所有しています。


1.地上生活は「あいだ」の生

 わたしたちは、地上の生活のあいだを生きています。この世に生を受けて、肉体が朽ちて土に還るまでの「あいだ」が、わたしたちの地上生活です。

 この「あいだ」には楽もあれば苦もまたあることは誰しも避けえないものです。ただ地上にある「あいだ」は、人と衝突しても、反論することもできますし、衝突を避けることもできます。わかりあえることもあれば、距離を置くしかないこともあります。かかわることもかかわりから逃げることも可能です。

 しかし、この「あいだ」の時間は限りがあって、いつかは「あの世」「来世」へと生命を移す時がやってきます。

 その時は、ただ神さまだけが知っていて、支配してくださっている神のみこころにのみかかっている事柄です。

 わたしたちは、その「時」が、いつ起こってもよいように、準備しておかねばなりません。そういう意味で「あいだ」の時間は、その決定的な「時」を迎えるための準備期間と言えるでしょう。

 つまり、わたしたちは、やがておとずれる「時」、神のみもとへと帰還する決定的な「時」を迎えるために、準備し、覚悟してこの世の地上生活を営んでいるのです。


2. 反論できない立場

  人は、突然おとずれる「時」にむけて生きています。

 地上生活を終えてなお、非難中傷、人格攻撃を受けるということも、人には起こり得ます。「死者をむち打つ」」行為という言葉がありますが、死んでなお攻撃されるという事も、世間にはあります。むしろ死んでしまえば、いくらでも嘘偽りであっても攻撃できてしまえるので、卑劣な人は死後にデタラメで死んだ人を辱めることをしたりすることも世間にはよくあるものです。

    ※死屍に鞭打つ(ししにむちうつ)

    死者の言動や行為を非難することをいう。中国の春秋時代、楚(そ)の伍子胥(ごししよ)は父と兄を平王に殺されて呉に逃れ、呉の力を借りて報復しようとしたが、平王の没後であったため、その墓を掘り起こして死屍を鞭打ち仇(あだ)を報いたという故事による。

  そうした場合、死んでしまった人には弁明の機会がありません。「反論」しようにも不可能なのです。

 「草場の陰で泣いている」という言い方が古来ありますが、反論できない故人に変わって戒めている訳ですが、死んでしまってから、「この世」に死んだ人が登場するという思想は、聖書から引き出すことはできません。「この世」と「あの世」は、行ったり来たりできない絶対不可逆なのです。

 ということは、死んでから後に、「死者にむち打つ」ような中傷・攻撃を受けても、いっさい反論とか弁明はできないのです。それでは、いったい誰が死んで逝った人の名誉を守ることができましょう。


3.左右に偽の武器を持ち

  パウロの覚悟について考えてみましょう。「信仰即宣教」ということを、先週学びました。信じて生きるということは、準備・覚悟だということを、今日は教えられます。

 いつ神に召されても、つまりこの世の生を終えて、あの世へと旅立ったとしても、構わないという準備・覚悟をもって地上生活を送りなさいということです。

 死後において、反論できない立場になったときにも、どのような悪評、中傷、攻撃を受けたとしても、そのことに影響を受けることなく神の御許へと赴くという準備・覚悟をもちなさいということです。

 そのことを、パウロは、「真理の言葉、神の力によってそうしています。左右の手に義の武器を持ち」と言っています。

     8:栄誉を受けるときも、辱めを受けるときも、悪評を浴びるときも、好評を博するときにもそうしているのです。

    4:あらゆる場合に神に仕える者としてその実を示しています。

  あらゆる場合ですから、この世であろうとあの世であろうと、その覚悟においては同様です。いかなる辱めにも、悪評にも、そしてそれが好評や名誉であろうと、変わることなく、「神に仕える者としてその実を示す」というのです。

 

4.栄誉だろうと辱めだろうと変わらぬ覚悟

  二千年も昔の人の言葉だと思うと、実に驚くべき自己認識です。この言葉は、「自己実現」の超克が含蓄されているからです。ここには「生きがい」とか「自己実現」とか、そのような結局は、自己願望の達成が動機として微塵も存在していません。パウロの自己認識は徹頭徹尾、「神に仕える者」なのです。「栄誉」を得たいとか「好評」を博したいという他者による賞賛を求める名誉心の達成など、眼中にないのです。そして、「辱め」を受けることも、「悪評」を浴びせられることも、彼を脅かすことはないのです。「真理の言葉」「神の力」が、「神に仕える者」の「義の武器」であり、「神の武具」なのです。神の武器、武具に守られているから、好評も悪評も、彼にとっては脅威ではあり得ないのです。


5.パウロが受けていた具体的苦難

     わたしたちは人を欺いているようでいて、誠実であり、

    9:人に知られていないようでいて、よく知られ、死にかかっているようで、このように生きており、罰せられているようで、殺されてはおらず、

   ここには、パウロが受けていた苦難が具体的に語られています。すなわち、パウロは「人を欺いている」と非難されていたということです。パウロは、ある人々から見た時、「欺いている」と見られていたということです。主イエスの福音を語ることが、「人を欺いている」行為と見なされたということです。彼は、その非難・悪評に直面しても、どこまでも誠実であろうとしています。これがパウロの神の武器による霊的闘いなのです。

 パウロは「人に知られていない」ことに落胆もしていませんし、宣教の「失敗」だとも思ってはいません。パウロから福音を聴いて信じる者が、たとえ皆無であっても、動揺したりしません。聞く耳のある者は聴いて信じるのです。神が聴く耳を与えるからです。神が選び分かち、パウロの語ることに耳を傾け、神は福音を信ずる者を起こしたもうから、その者には、よく「知られている」のです。その者は、パウロを通してキリスト・イエスを知っているのです。 

   パウロは、福音を語ることによって、命を奪われそうになりますが、神がパウロを生かしたもう以上は、決して殺されはしません。

 パウロを、罰しようとする者たち、迫害者たちが次々に現れても、パウロは動ずることはありません。迫害者たちを、かえってキリスト・イエスの愛をもって愛したはずです。彼らは、かつてのパウロ自身でもあるのですから、なおさらです。

 パウロは、殺されてはいませんが、死を恐れてもいません。死は神だけが与えることができると確信しているからです。


6.悲しみのなかにあって喜ぶ喜び

    10:悲しんでいるようで、常に喜び、貧しいようで、多くの人を富ませ、無一物のようで、すべてのものを所有しています。 

   パウロに悲しみがなかった訳ではありません。嘆くことも悲しむことも苦しみには伴います。

     苦難、欠乏、行き詰まり、5:鞭打ち、監禁、暴動、労苦、不眠、飢餓においても、

  これは苦難のリストです。彼が具体的に受けていた苦難です。この苦難に悲嘆がなかったはずはないのです。ところがパウロは、この苦難の経験に遭いながら、「常に喜」んでいました。この苦しみも主が味わった十字架の苦難に少しでもあやかる経験であるなら、感謝の他はないとパウロは喜んだに違いありません。

 パウロには財産というものがありません。ただ神が彼を養ってくださると信じていただけです。無所有の彼は、しかし、多くの人の財産を増大させることができたというのです。彼は貧しい人です。無一物だと自分で明言しています。ところが無一物であっても、その貧しさをもって。「すべてのものを所有している」と自覚しているというのです。

 なぜなら、一切の被造物は、神が創造したものであって、神の所有するところの「もの」です。パウロが全面的に一切無所有を貫くのであれば、逆に言えば、一切無所有は、一切が神の所有であるから、神に仕える者と確信しているパウロには、一切が神のものであれば、必要なものはすべてご存じである神は、我が身が生きながらえるに必要なものは、彼には必ず与えられる。そう信じているならば、彼は神の所有を信ずる者として、「すべての者を所有している」と表現しても罰は当たるまいということです。


7.キリストの苦難と共に生きる喜び

    6:純真、知識、寛容、親切、聖霊、偽りのない愛、

  キリスト者の喜びは、キリストとひとつの存在であることの喜びです。この喜びは、「神に仕える者としてその実を示す」喜びです。人間的な「承認欲求」ではなく、キリストと一つであることを願い求める祈りが喜びとなって実を結ぶのです。

 より、具体的には,パウロ自身がこのように表現しました。

  「純真、知識、寛容、親切、聖霊、偽りのない愛」です。これらすべては「聖霊」による賜物です。

 「純真」ひとつとっても、この態度を貫くことは人間的動機によってはできないでしょう。ただ神の力によってこそ、「純真」は人格に反映するのです。

 「知識」、単なる好奇心はこの「知」の源にはなりません。「信仰知」です。信仰は「信仰知」を求めてやまないのです。(アンセルムス)主を信ずるからこそ、より深く主イエスを知ろうとするのです。

 「寛容」、「寛容」を貫けば、この世では「苦難」を避けられません。「寛容」は自らに罪をおかす者を赦すことを必ず伴います。赦しても罪人はまた罪を犯すかもしれないのです。そうであれば、「赦す」ことは、再び「苦難」をわたしたちにもたらすでしょう。それでも「寛容」は、キリストが限りなき「赦し」を与えてくださったゆえに、わたしたちも「寛容」の実を結ぶことができるのです。「苦難」を引き受ける覚悟・準備こそが、キリストに近づくみちなのです。

 「親切」、報いを望まずよきサマリア人の譬えのごとく、世話をすることも、覚悟・準備が必要なのです。サマリア人は、傷ついた人を助けましたが、「復讐」に狂い立つ親族は、サマリア人を襲撃する危険がありました。助けたのに助けたことによって殺されることすら、この世にはあるものです。報いを望まないだけでは親切は貫けません。親切で苦難が待ち受けているかもしれないからです。ナチスの迫害の元で、ユダヤ人を匿うことは、自分たちへの迫害を覚悟しなければ不可能でした。

 「偽りのない愛」は、愛の定義によっては起きません。愛の概念をいくら研究しても、それは無駄というものです。聖霊の働きがあってこそ、愛は偽りから決別できるのです。

 これらの「実」はすべて「神の力」「聖霊」によるのです。聖霊の実は、苦難を引き受ける準備・覚悟を必ず伴います。キリスト者の喜びは、キリスト・イエスの十字架の苦難に、いくらかでもあずかること喜ぶ喜びなのです。聖霊の降臨は、かならずそこにキリストの肢体なる教会を起こすのです。教会にしっかりとつながっていることが大事なのです。

2026年7月13日月曜日

 2026年7月12日(日)(聖霊降臨節第8主日)

テモテへの第一の手紙3章14節~16節

『信仰即宣教の現実』


              「神からの真理」」

                              Ⅰテモテ3:14~16

14:わたしは、間もなくあなたのところへ行きたいと思いながら、この手紙を書いています。

15:行くのが遅れる場合、神の家でどのように生活すべきかを知ってもらいたいのです。

  神の家とは、真理の柱であり土台である生ける神の教会です。

16:信心の秘められた真理は確かに偉大です。

  すなわち、

  キリストは肉において現れ、

  “霊”において義とされ、

  天使たちに見られ、

  異邦人の間で宣べ伝えられ、

  世界中で信じられ、

  栄光のうちに上げられた。




1.報告と祈り

   過ぐる先週7月8日(水)、わたくしどもが愛する○○兄が神のみもとへと帰還されました。

 2日後の10日金曜日に、家族葬を執り行うことができました。生涯をひたむきにキリストの道を歩み通された兄弟の召天をこころに覚え、ひとことお祈りいたします。みなさまもこころを合わせてお祈りください。

 祈り

 恵み深い父

 主イエスの御あわれみによって、われらが愛する○○兄は意義ある生涯を送り、多くの人に良い感化を残し、その走るべき道のりを走り終えて、みもとに召されました。あなたは○○兄を恵み、その生前に主を知らしめ、み救いにあずからせ、限りなきいのちをお授けになりましたことを感謝いたします。

 主イエスのみ救いによって○○兄の霊はついに帰るべき故郷に帰り、すでに父のみふところにいだかれていることを信じ、わたしたちはその霊を恵みのみ手におゆだねいたします。 けれども、主よ、地上にあって○○兄と共に世の旅路をたどったわたしたちは、この際にあってたえがたい寂しさを禁じ得ません。とりわけ兄弟の遺族近親のその哀惜は他のなにものによってもいやされがたいものであります。

 わたしたちは、主イエスの慰めと助けが豊かにあらんことを切に祈ります。

 どうか、この世にのこされて悲しむ者をあわれみ、上よりの慰めを豊かに与えてください。また兄弟と共に信仰の道をたどってまいりましたわたしたちにも深くみずからの終わりを思わしめ、主の日のために備えをなさしめてください。み子イエス・キイストによってお願いいたします。アーメン


2.若き伝道者テモテ

  パウロは年若い青年テモテをよく愛していたようです。この短い文面もよく読んでみると、愛情がにじみ出ていて、その想いが伝わってくるような気がします。

    14:わたしは、間もなくあなたのところへ行きたいと思いながら、この手紙を書いています。

  兄弟への純粋な愛が感じられます。主にある兄弟とはなんという美しいものでしょうか。

 二千年前の人物の思いが、時と空間をはるかに超えて、ひしひしと伝わって来る。そのこと自体が奇跡のように思えます。パウロとテモテのあいだの聖霊による絆の美しさです。

  これは「恋文」ではないのです。「恋文」でもないのに、「わたしは、間もなくあなたのところへ行きたいと思いながら、この手紙を書いています。」・・・・。パウロの心のうちがこの一文に溢れていると感じるのは、私だけでしょうか。

 こころはすでに、テモテを思い浮かべながら、こころのうちから浮かんでくるのは、神の家、すなわち教会のこと。

 とりわけ教会を導くことをこの青年に託そうとしているパウロには、神の家すなわちキリスト者共同体=教会とは、どのようなものか、文字通り、体現してほしいと願っているのです。 

    行くのが遅れる場合、神の家でどのように生活すべきかを知ってもらいたいのです。


3.生活することとは即信仰生活

   わたしたちは生活者です。だれしもが生活者です。信仰していないと、自分で思っている人もみな生活者です。生活者であるということではみな平等です。

 病院生活を余儀なくされている人、仕事に毎日追われている人、学業に励んでいる人、みな、全員がなんらかの暮らしを立ています。普段、自分は「無信仰」だと思っている人も、生活者であることには、他の人と何も変わりません。ここから人は始めます。全員平等に生活者。ここがはじまりです。

 パウロは若き伝道者に、「神の家でどのように生活すべきかを知ってもらいたい」と書いています。

 全員が生活者なのですけれども、人生経験もそれほど多くはない青年テモテに対して、これまでの「生活者」としての「生活」とは、まったく異なる「生活」があるのだよ。その「生活」というのは、「神の家」、つまり教会生活をする者として生きていくのだと言っています。ただ無自覚な「生活者」に留まることなく、これからは神の家での生活者になってほしいというのです。

 信仰者であるということは、生活のすべては信仰者としての「生活者」であることなのだと言う意味です。信仰生活は部分の生活ではないのです。

 「サンデークリスチャン」と、言葉がありますが、これは日曜日だけ、神さまのに祈りを捧げ、礼拝するけれども、月曜からは、神さまをすっかり忘れてしまう、そういう生活をしているクリスチャンを揶揄して「サンデークリスチャン」と呼んだ言葉です。だから、これは、日曜だけのキリスト者、平日は神さまとは関係しませんというような人々への揶揄であり皮肉なのです。それは違うでしょう! ということなのです。

 キリスト者にとっては、生きる事、暮らすことの全部が、信仰生活なのだよと、パウロはテモテに、信仰生活即生活であるべきことを、骨の髄まで体現してほしいというのです。


4.信仰即宣教の現実

  信仰生活は、生活の一部分だけの生活ではあり得ないというのです。パウロは聖霊の交わりにおいて愛するテモテに、信仰即生活という現実を体現してほしいと切に願っているのです。

 そして、そればかりではなく、さらに、信仰即生活の現実とは、「信仰即宣教の現実」でもあるのです。主イエスを信じるということは、福音宣教の現実だというのです。


5.教会は、真理の柱、真理の土台、

    「神の家とは、真理の柱であり土台である生ける神の教会です。」

  神の家すなわち教会は、教会共同体だけの存在でないのです。全世界、全宇宙が「神の家」となるであって、いつまでも小さな枠に中で閉じこもるような存在であってはならないと言うのです。神の家は神の家であるから、神が創造された全宇宙全体が神の家なのです。

 そういう気宇広大なスケールを考えなければなりません。

 この宇宙全体を包含する神の家を支える柱があり、土台がある。そういう家であり、神の家すなわち教会そのものが、真理の柱であり、土台なのだと、テモテによく知っておいてほしいのです。そういう気宇壮大な感覚をもっていなければ、とても神の宣教を語れないというのです。

 伝承によれば、テモテは殉教します。テモテはパウロによってエフェソスの主教(司教)に任じられ、教会の牧会者としてつかえますが、エフェソスの多神教徒によって石で打ち殺されることになります。多神教徒たちの偶像崇拝強要に対して、屈することなく従わなかったからです。

 わたしは、テモテには天地の創り主こそが、まことの神でありたもうという信仰に、骨の髄まで徹していたからこそ、被造物を神とするということなど思いも寄らなかったのだと思います。殺されようと何をされようと、神でないものを神とすることは、彼にはできなかった。不可能なのです。

 それは、神の家こそは、この宇宙全体を包括する者であり、神の家こそは、真理の柱であり、土台だということを実感していたことを意味していたのだと思っています。


6.信心に秘められた真理はたしかに偉大なり

        すなわち、

      キリストは肉において現れ、

      “霊”において義とされ、

      天使たちに見られ、

      異邦人の間で宣べ伝えられ、

      世界中で信じられ、

      栄光のうちに上げられた。

  「信心に秘められた真理」、これはいまだ福音宣教が結実する以前に、すでにパウロのなかでは、確信されていて、しかもその将来の結実は、いまは「秘められている」ということでしょう。いまはまだ、いま現在は、目に見えない現実、すなわち今はただ「ビジョン」として彼には見えていただけなのに、彼にとって、「いまだ」は、「すでに」となって確固たる現実同様であった。そういう「将来の確信」を表現していると考えられます。いまは「いまだ実現していないビジョン」だけれども、このビジョンは彼の内部にあっては「すでに」確信された「現実」として見えていたのです。

 つまり、今は「秘められている」が、すでに彼には見えている。いまは成就以前だけれども、パウロにはこのビジョンは「現実」のものとして「すでに」成就同然だったのです。パウロは愛する青年テモテに、骨の髄まで、パウロ自身と同じように、この確信をもってほしい。

 テモテに、「ほら、君にも見えるだろう。キリストは肉において現れ、“霊”において義とされ、天使たちに見られ、異邦人の間で宣べ伝えられ、世界中で信じられ、栄光のうちに上げられた。このことは現実なのだよ。だからすでに「キリストは栄光のうちにあげられた」と言うのだよ。わたしは既に成就した事として君も確信してほしい」と、書き送ったのです。

 この現実を、テモテは肌感覚としても感じていたから、彼は、彼を殺す多神教徒(異邦人)にも福音は必ず「キリストは宣べ伝えられ、世界中で信じられ、栄光のうちに上げられる」のだと。否すでに上げられた現実が見てるではないか。パウロにもテモテにもこの確信が彼らの内部にはあり、見えていた。

 その現実が、時空を超えて、現代のわたしたちにも見えているはずなのです。だから絶望してはならない。諦めてはならない。嘆いてはならないのです。

 パウロの言葉は、テモテだけではなく、わたしたち自身に語られているのです。


2026年6月28日日曜日

 2026年6月28日 (聖霊降臨節第6主日)

                    神の計画(聖書日課によるタイトル)

  「聖霊による充満によらなければ、だれもイエスを主と告白することはない」

                  使徒言行録 13章13節~ 25節


13:パウロとその一行は、パフォスから船出してパンフィリア州のペルゲに来たが、ヨハネは一行と別れてエルサレムに帰ってしまった。

14:パウロとバルナバはペルゲから進んで、ピシディア州のアンティオキアに到着した。そして、安息日に会堂に入って席に着いた。

15:律法と預言者の書が朗読された後、会堂長たちが人をよこして、「兄弟たち、何か会衆のために励ましのお言葉があれば、話してください」と言わせた。

16:そこで、パウロは立ち上がり、手で人々を制して言った。「イスラエルの人たち、ならびに神を畏れる方々、聞いてください。

17:この民イスラエルの神は、わたしたちの先祖を選び出し、民がエジプトの地に住んでいる間に、これを強大なものとし、高く上げた御腕をもってそこから導き出してくださいました。

18:神はおよそ四十年の間、荒れ野で彼らの行いを耐え忍び、

19:カナンの地では七つの民族を滅ぼし、その土地を彼らに相続させてくださったのです。

20:これは、約四百五十年にわたることでした。その後、神は預言者サムエルの時代まで、裁く者たちを任命なさいました。

21:後に人々が王を求めたので、神は四十年の間、ベニヤミン族の者で、キシュの子サウルをお与えになり、

22:それからまた、サウルを退けてダビデを王の位につけ、彼について次のように宣言なさいました。『わたしは、エッサイの子でわたしの心に適う者、ダビデを見いだした。彼はわたしの思うところをすべて行う。』

23:神は約束に従って、このダビデの子孫からイスラエルに救い主イエスを送ってくださったのです。

24:ヨハネは、イエスがおいでになる前に、イスラエルの民全体に悔い改めの洗礼を宣べ伝えました。

25:その生涯を終えようとするとき、ヨハネはこう言いました。『わたしを何者だと思っているのか。わたしは、あなたたちが期待しているような者ではない。その方はわたしの後から来られるが、わたしはその足の履物をお脱がせする値打ちもない。』


 1. 救済史観

  パウロ一行はキプロス島の西岸パフォスを船出して、地中海をはさんで対岸のパンフィリア州のペルゲに向かいました。ここで、何があったのか、助け手として同行していたヨハネがエルサレムに帰ってしまったとあります。 一行にとっては、試練とも言える出来事だったのかもしれません。 しかし、パウロとバルナバはさらに北上してピシディア州のアンティオキアに向かいました。 ここでも、やはりユダヤ教の会堂で、主イエスの宣教を語ることになります。

 ここでパウロが語った事柄は、イスラエルの歴史でした。しかもただの歴史の説明ではなく、神の民に対する神の摂理と神の民イスラエルの態度についての解明でした。イスラエルの歴史とは、主イエス・キリストをお迎えすることこそが神がイスラエルを歴史を通じて最終的に目的とされてきたのだという「救済史」に他ならないということなのでした。


2.「史観」とアイデンティティー

  過去を、どのように捉えるかということは、現在の自己自身をどう捉えるかということと緊密につながっています。

  日本はかつて「皇国史観」という歴史認識を国民全体に、浸透させて、ついには戦争を拡大しました。他国を侵略し、他国の人々を、「皇民化」政策によって支配しようとしました。国家神道という宗教を創り、人心を支配しようとしたのです。この歴史観は、「日本人」とは何かというアイデンティティーを、天皇の赤子と位置づけました。主権は天皇にあり、国民はすべて天皇の赤子であるというのです。神話が歴史と同一視されました。

 昨今、皇国史観の復活とまでは言わずとも、「美しい日本」に期待する勢力が勃興していることを感じます。この「史観」が必然的に戦争を引き起こした過去の教訓は忘れ去られようとしています。

 これは我が国がふたたび世界から孤立し、壁をつくり、敵をつくりだす危険な兆候であることは火を見るより明らかです。

 だから、このような独善的な「史観」はアイデンティティーと安易に結びつけられてしまうがゆえに危険なのです。この危険を回避するために、わたしたちは過去の歴史の教訓を子細に検証し、平和を構築するための、まったく新たな「史観」を探求しなければなりません。


3.既得権益と侵略の正当化

  現在のイスラエルによるレバノン空爆は、イランとアメリカの停戦合意にもかかわらず継続されています。ヒズボラの殲滅が目的だというのがイスラエルの攻撃正当化の言い分ですが、無辜の市民が無差別に巻き込まれて殺されている現実は、世界中が知っています。なぜイスラエルは殺戮をやめないのでしょうか。なぜイスラエルは国際法を無視してパレスチナ占領をやめず、さらなる侵略を続けるのでしょうか。

 無論、すべてのユダヤ人がレバノン攻撃を支持している訳ではありません。アメリカ在住のユダヤ人の多くはイスラエルの戦争には反対していると聴きます。ユダヤ人という概念は宗教的概念だと言われています。ユダヤ教を信じる人がユダヤ人なのです。ユダヤ人は、旧約聖書に記されている歴史を自己自身のアイデンティティーとしている人々と言ってよいかと思います。

 つまりこの旧約の「史観」を共有している人たちをユダヤ人と言っているのです。 人種概念ではありません。黒人のユダヤ人もいれば、モンゴロイドのユダヤ人もいます。いわゆる白人のユダヤ人もいる。形態的な自己同一性ではなく、歴史を共有することで共同体の成員であることを相互に了解しあっている人々です。

 同じ「史観」を共有していながら、壁をつくり、敵を作り、殺戮を正当化する人々がいて、他方では、平和を求める人々がいる。一方では殺すことを、自国のためには辞さない。殺戮を肯定し、正当化する。他方では、かつて自分たちが殺される側にあったことを,他者に強いてはならないとするユダヤ人がいる。

 トランプ大統領は大学での「反ユダヤ主義」的な言論を放任しているとして多くの大学に圧力をかけていますが、実際は「反ユダヤ主義」を学生は批判しているのではなく、殺戮行為を批判しているだけでした。「シオニズム」と「反ユダヤ主義」はまったく別物なのです。

 「シオニズム」が、ガザ攻撃を正当化し、土地の収奪を正当化しているのです。


4.救済史観の不思議

    19:カナンの地では七つの民族を滅ぼし、その土地を彼らに相続させてくださったのです。

    (ヘト人、ギルガシ人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人) 

 イスラエルの歴史をひもとくとき、わたしたちは数多くの戦争がくりひろげられてきた事実を見ます。「聖絶」とか「聖戦」とか呼ばれる惨い戦争をイスラエルは戦い、ある時は勝利し、ある時は敗れるという戦争の歴史を生き抜いてきたことがことこまかに記されています。ある意味、戦争の歴史であり、戦争史観とも見えるのです。そしてこの歴史に神が介入してきたという信仰告白が綴られる。

 たしかに戦争の歴史は、イスラエルだけではなく、世界中いたるところで戦争、戦争で明け暮れてきたのが人類史ですから、とりわけイスラエルだけの事柄ではありません。 

 ただ、現代のイスラエルが、数千年前の古代人と少しも変わらないような、聖戦史観で戦争をやめないのだとすれば、 このことについて無知であってはならないし、放置してよいとは言えないでしょう。事柄は「史観」の問題であり、「史観」の危険性の問題となってくるでしょう。

 現代日本の政治家が、織田信長や豊臣秀吉のように、皆殺しをするようなことがあってよいはずはないのと、まったく同じ意味で、イスラエルの政治家が、古代イスラエルの王のように皆殺しをしてよいはずはないのです。しかし、独裁者はヒズボラの殲滅を公言してすこしもはばかりません。どんな思想の持ち主であろうが、信仰の持ち主であろうが、殺してよい人間などひとりもいないのです。

 パウロが、この戦争史観とも言えるイスラエル史を救済史として堂々とユダヤ人に語り得た、しかもそれだけではなく人々の心を打ったということに、わたしは不思議な感慨を覚えるのです。ただし、パウロの福音宣教を聴いたユダヤ人たちは、信ずる者と、信じない者との二つに分かたれました。さらに不思議なのは、割礼をいまだ受けていない異邦人が多く信じたのです。

ピシディア州のアンティオキアには、信じた者たちによって教会が成立します。このことは驚異的な出来事だったと思うのです。


5.どうして信じ得たのか

  人は信じたいものを信じるものだ、ということは一般的によく言われることです。破壊的カルトの信者の精神性は、たしかに信仰の対象が「真実」であり、「真理」であるから信じているのではなくて、結局は自分が信じたいから信じるという精神性だという人がおそらくわたしも含めてそうだと思います。たとえ嘘であっても、自分が信じたい、だから信じるという具合です。

 しかし、初代教会のパウロの宣教と、それを聴いて信じた人々は、そうであったとは、とても考えにくいのです。

 なぜなら、ルカが記したパウロの宣教には、人が信じたくなるような要素がまるでないと、わたしには見えるからです。

 それを信じれば、なにか自分にとって得するというか、得がたいなんらかの報酬系を刺激する「信じたくなるような」要素が、このパウロの言葉から感じられるでしょうか。

    17:この民イスラエルの神は、わたしたちの先祖を選び出し、民がエジプトの地に住んでいる間に、これを強大なものとし、高く上げた御腕をもってそこから導き出してくださいました。

    18:神はおよそ四十年の間、荒れ野で彼らの行いを耐え忍び、

   この記述は、出エジプトの経験です。荒野の40年は、イスラエルの不信仰にもかかわらず神は決して見棄てることなく耐え忍んでくださったと言っているのです。言うなれば、先祖の不信仰とそれを耐え忍ぶ神の導きを語っているのです。たしかにその記憶は神への感謝でしかないのですが、見方を変えれば先祖の罪への告発です。

    20:これは、約四百五十年にわたることでした。その後、神は預言者サムエルの時代まで、裁く者たちを任命なさいました。

   この記述も、450年もの長きにわたり、他部族への仮借のない戦争状態が続いたことを語っているのであって、戦争史観そのものでしょう。神の導きだったという理解のもとに、他民族との戦争を戦い抜いたということでしょう。会堂に居合わせたユダヤ人以外の「神を畏れる人々」(16節)は、この歴史をどう聴いたでしょうか。戦争をイスラエルが勝ち抜いたという話です。これを聴いて彼らの心に感銘が生まれたでしょうか。

 しかし、結果は多くの人が信じたからこそ、教会が生まれたのでした。わたしにはとても不思議に思えるのです。なぜなのか。


6.信じたい事を信じたのではなかった。

   異邦人にしてみれば、サウルだろうがダビデであろうが、ユダヤ人にとっての偉大な王さまだろうけれども、彼らにとっては、極端に言えば、他国の先祖のお話にしか聞こえない存在だったのではないでしょうか。ナザレのイエスが約束のダビデの子であろうがあるまいが、どうでもよかったのではないでしょうか。

 そんな彼らが、この戦争史観にまみれた歴史を、主イエス・キリストを人類にお迎えするための救済史と受けとめ、自分自身のキリスト者としてのアイデンティティーの中心・核心として受け入れたというのは、彼らが信じたいと願ったからではなく、福音を語るパウロから、「神の力」を感じとり、信じないことが不可能なまでに、聖霊に満たされたとしか考えられないのです。

 人間的な価値判断だけでは、彼らにとって信ずべきなにほどの事もパウロは語ってはいません。むしろイスラエルの武功物語などお話し程度の意味しかなかったはずです。ところが、彼らは、語るパウロと同じアイデンティティーを自分自身のものと信じたのです。神の奇跡としか言いようがありません。

 彼らからすれば、自分たちの歴史(神々の歴史=異教の歴史・神話)から観れば「敵」だった民の歴史を、「われらの歴史」と受けとめ始めたのです。奇跡です。

 イスラエル、すなわちユダヤ人にしてもそうです。パウロは悔い改めの洗礼を宣べ伝えていたバプテスマのヨハネをユダヤ人の王ヘロデは殺害してしまったし、バプテスマのヨハネが証ししたイエスも殺してしまったというのです。聴いているユダヤ人は、罪の弾劾に聞こえても不思議ではありません。自分たちの同胞が、ヨハネもイエスも殺してしまったという事を、彼が信じたいと思ったとは思えないのです。彼らも信じたいと願ったことを信じたのではないのです。だから、信仰は人間的願望の結果ではないのです。聖霊の力の充満が起きていたのです。


7.あなたたちが期待しているような者ではない。  真の信仰は、人間的な願望や期待の結果ではあり得ないのです。福音が宣教者によって語られるという現実の場において、生起する「奇跡」なのです。「わたし」という存在が、主イエスを主として信じる出来事が起きているという事自体が、「奇跡」にほかなりません。この奇跡が自分自身のアイデンティティーを形成します。するとそのとき、わたしたち自身のアイデンティティーと深いところでつながっているところの「史観」は、主イエス・キリストこそが「はじめ(アルファ)」であり「終わり(オメガ)」である救済史となっていることを見いだすはずです。

    また、わたしに言われた。「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。初めであり、終わりである。渇いている者には、命の水の泉から価なしに飲ませよう。 勝利を得る者は、これらのものを受け継ぐ。わたしはその者の神になり、その者はわたしの子となる。(黙21:6)


2026年6月21日日曜日

 2026年6月21日(日)(聖霊降臨節第5主日)

使徒言行録13章1節~12節

『宣教への派遣』(聖書日課による)



                聖霊による派遣
                    使徒言行録 13章1節~ 12節
1:アンティオキアでは、そこの教会にバルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、キレネ人のルキオ、領主ヘロデと一緒に育ったマナエン、サウロなど、預言する者や教師たちがいた。
2:彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が告げた。「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために。」
3:そこで、彼らは断食して祈り、二人の上に手を置いて出発させた。
4:聖霊によって送り出されたバルナバとサウロは、セレウキアに下り、そこからキプロス島に向け船出し、
5:サラミスに着くと、ユダヤ人の諸会堂で神の言葉を告げ知らせた。二人は、ヨハネを助手として連れていた。
6:島全体を巡ってパフォスまで行くと、ユダヤ人の魔術師で、バルイエスという一人の偽預言者に出会った。
7:この男は、地方総督セルギウス・パウルスという賢明な人物と交際していた。総督はバルナバとサウロを招いて、神の言葉を聞こうとした。
8:魔術師エリマ――彼の名前は魔術師という意味である――は二人に対抗して、地方総督をこの信仰から遠ざけようとした。
9: パウロとも呼ばれていたサウロは、聖霊に満たされ、魔術師をにらみつけて、
10:言った。「ああ、あらゆる偽りと欺きに満ちた者、悪魔の子、すべての正義の敵、お前は主のまっすぐな道をどうしてもゆがめようとするのか。
11今こそ、主の御手はお前の上に下る。お前は目が見えなくなって、時が来るまで日の光を見ないだろう。」するとたちまち、魔術師は目がかすんできて、すっかり見えなくなり、歩き回りながら、だれか手を引いてくれる人を探した。
12:総督はこの出来事を見て、主の教えに非常に驚き、信仰に入った。

1.アンティオキア教会の人々
   ここに挙げられている人たちの多様さは驚嘆すべきものがあります。ここにはアンティオキア教会の指導者として5人の人が挙げられています。
   バルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、キレネ人のルキオ、領主ヘロデと一緒に育ったマナエン、サウロの5人です。
 この人たちは、預言者、教師という立場の人ですから、実際はもっと多くの人たちが、このアンティオキア教会にはいたことでしょう。この6人を観ると、実に多様なのです。
 アンティオキア教会は、まず肌の色で人を差別していません。
 ①ニゲルと呼ばれるシメオンは黒人だと言われています。ニゲルというのは肌の色が黒いという意味です。また出身地のよる差別もなかった。②キレネ人のルキオは北アフリカ、現在のリビア出身ということになります。この人も黒人でしょう。③出自・階級による差別もなかった。マナエンは領主ヘロデ・アンテイパスと一緒に育ったというのであるから、幼なじみと言って良い境遇の人です。この人はユダヤ教とから迫害されているクリスチャンの道を自ら選び取ったことになります。権力者の幼なじみですから、それなりに裕福な家に育ったはずですが、個人財産を放棄して原始共産制の共同体に加わったことになります。ですから階級による差別はなかったのです。④地元の人もデイアスポラの人の差別もなかった。バルナバはキプロスの出身です。彼はサウロ(パウロ)と共に宣教へと派遣されることになりますが、派遣先はキプロスですから、地元へ向かうことになります。同行したマルコと呼ばれていたヨハネはバルナバの甥(従兄弟)らしいのでやはり出自は地元かもしれません。(「コロサイの信徒への手紙」4章10節では、マルコについて「バルナバのいとこ(従兄弟)、」という表現が用いられます。育ちはエルサレム。)様々な地から集まってきた人々が主イエスによって兄弟姉妹となっていたのです。⑤そしてサウロ、すなわちパウロです。呼び方が9節から変わっています。以後はパウロという名前で登場することになります。彼は迫害者から主イエスの弟子に変えられた人です。つまり、元は敵対者だった人ですが、そういう人を教会は受けいれただけではなく指導者、宣教者としての務めを託していたのです。
   原始キリスト教会が、このようなダイバーシテイを実現していたという事実は、驚嘆に値します。
 二千年後の現代でも、実現できないでいるのですから。

2.聖霊の啓示
   預言者といっても、旧約時代の預言者とは意味が違うとは思います。聖霊の言葉が告げられたことが記録されているので、おそらくは、この預言者は、聖霊のお告げを教会に告知するという賜物をいただいていたのでしょう。
 かしこまって、聖霊のお告げと言明していたかはわかりませんが、共同体全体が、聖霊の告知として、パウロとバルナバの派遣を認識したということは確かだったのでしょう。
  聖霊の告知内容は、パウロとバルナバを宣教者として選任せよという命令。そしてその選任は、聖霊が予め定めていたという事でした。この選任について、異論があったという記録はありません。教会は教会として決断するという手続きは踏んでいるはずですが、一貫して聖霊の意志がこの間のイニシアチブを取っているという信仰理解で貫かれています。
 そして教会は、断食してから二人に按手をして送り出しました。派遣の祝福です。派遣の主体は神である聖霊なのです。

3.宣教者・旅の人
   二人は、陸路南西の港町セレウキアに出て、そこから西へ海路を航行してキプロス島のサラミスに上陸します。  サラミスではユダヤ教の諸会堂で、宣教を開始します。マルコと呼ばれるヨハネを助手に加えて、島全体を巡回しつつ宣教を続けたようですが、各地での宣教の結果については、触れられません。およそ100キロ西へと進み、島の西岸の町パフォスにまで辿り着きます。ここで、偽預言者とめぐりあうことになりました。

4.偽預言者バルイエス、魔術師エリマ
   偽預言者とルカははっきりと表現しています。これは、パウロたちが宣教する以前の異教世界の宗教的指導者のことでしょうが、パウロらにしてみれば、ただお一人のまことの神以外の神々の世界の指導者は、おしなべて「偽預言者」とみなされていたでしょうから、そのようにルカは表現するほかはなかったのでしょう。記録すべきは、福音の使徒の言行録ですから、宣教の途上での異教世界との接触はいきおい「対決」にならざるを得ないのでしょう。
 ですので、いきなり「偽預言者」と見なされる訳です。ただバルイエスという名の意味は「イエスの子」だそうですから、なんとも紛らわしい。主イエスとは何の関係もないです。イエスという名は珍しい名前ではなかったので、「イエスの子」と言っても珍しい名でもなかったことでしょう。考えてみれば、名前というのは不思議なものです。同じ「イエス」という名前の人が当時は相当いたはずですから、こういう紛らわしさは珍しくはなかったと思います。それでもイエスの名には力があった。だから、名前は単なる音声の連続ではないということなのでしょう。信仰をもってイエスの名によって指し示されている「まことの神」さまが名前をして力あるものにしているということでしょう。
 さて、紛らわしい「バルイエス」と出会ったとありますが、そのときの「接触」はどのようなものであったことでしょうか。

5.偽預言者との接触から総督まで
   バルイエスはキプロスの地方総督と「交際」していたとあります。どういう関係性だったのか。配下として働いていたのか、あるいは時に応じて召し出されて神々の託宣を語っていたのか。「交際」の中身までは想像の域をでません。しかし、ある意味、この人物を仲立ちとしてパウロとバルナバは、地方総督セルギウス・パウルスと面会できたことになります。
 そうだとすると、最初の出会いは、そんなに険悪なものではなかったのかもしれません。バルイエスのほうでも、パウロ一行を好意的にセルギウス・パウルスに紹介したかもしれないのです。それがいったいどうした変化が両者のあいだに生まれたのでしょうか。バルイエスの方から、パウロ一行が、総督に宣教をはじめだすと、邪魔をするようになったのです。どういう心境の変化が起きたのでしょうか。自分の立場が脅かされるという脅威を感じたのでしょうか。「二人に対抗して、地方総督をこの信仰から遠ざけようとした。」とルカは記しています。

6.態度急変の心理
 最初は近づけ、後になって遠ざけようとする。この態度の急変に至る心境の変化はいかなるものであったのでしょう。
 はじめのうちは、一時の旅人、同業者でも旅人として歓迎したのかもしれません。一時的な滞在だからこそ、もてなすという心理です。ところが、パウロ一行の話を総督が熱心に聞く姿勢が見え始めてみると、またその話の内容が自分の信奉する世界と真っ向から衝突するものであると理解し始めると、このような教えに総督がかぶれると自分も自分が信ずる霊的世界も否定されてしまうと危機感を抱くようになった。それで、なんとかこの二人を総督から引き離す必要がある、と感じだしたのではないか、そんな風に思うのです。

7.対決
   こうして、パウロ一行とバルイエスすなわち魔術師エリマは対立した。バルイエスすなわち魔術師エリマとは対立したのでした。先に魔術師エリマの方から、遠ざけようとするという行動に出たのです。
    9: パウロとも呼ばれていたサウロは、聖霊に満たされ、魔術師をにらみつけて、
    10:言った。「ああ、あらゆる偽りと欺きに満ちた者、悪魔の子、すべての正義の敵、お前は主のまっすぐな道をどうしてもゆがめようとするのか。
    11今こそ、主の御手はお前の上に下る。お前は目が見えなくなって、時が来るまで日の光を見ないだろう。」するとたちまち、魔術師は目がかすんできて、すっかり見えなくなり、歩き回りながら、だれか手を引いてくれる人を探した。
  こういう宣教もあるのかとばかり、多少びっくりしてしまいました。正面からの真っ向勝負とでも言ったらよいでしょうか。
 要するに、お前は失明するぞと言った訳です。そうしたら本当に失明してしまったという出来事です。

8.地方総督セルギウスの入信
    12:総督はこの出来事を見て、主の教えに非常に驚き、信仰に入った。
   もともと、この人物は、パウロ一行の話を聴こうという開かれた精神の持ち主だったと思いますが、彼が入信したのは、パウロの宣教の言葉を聴いた結果だったからではなく、魔術師エリマがパウロの言葉どおりに本当に失明してしまったからでした。
  こういう信仰の道への入り方ということもあるのだなと、当惑しないではおれません。驚きです。
 どう理解したらよいのか戸惑います。「主の教え」には、こういう事も含まれるのかと驚かざるをえません。
 言うなれば、福音宣教を妨害する者への直接的な懲罰を言明すると、実際に懲罰の出来事が起きてしまうというのです。恐ろしきかな宣教の威力。
 こんな恐ろしい力を発揮する出来事を目の当たりしたら、驚くのも当然です。でも、こういう宣教を毎回していたら、人々は怖れなして、かえって遠ざかってしまうのではないでしょうか。
 聖書は、この出来事もパウロが聖霊に満たされて実行したと記していますから、神の意志が働いていたことになります。神さまの意志ですから、文句は言えません。
 しかし、実際に宣教の最前線では、こういう奇跡もあったし、希望でもあったのでしょう。こういう場合も、パウロは救済の道を忘れてはいません。「時が来るまで日の光を見ないだろう。」との一言を付け加えています。これは救いです。相手のことを、赦し、愛し、いたわる言葉を忘れてはいないのです。「時が来れば」と、つまり、悔い改めのチャンスを与えているのです。
 これは猶予期間です。バルイエスは「時」を与えてもらったのです。失明は、その間、暗闇のなかで、彼は自分自身を振り返り、内面世界をみつめる猶予を与えられたのです。失明は、その意味では、彼の救いのためには恵みになるのではないしょうか。そう考えると、失明は、必ずしも単なる懲罰ではなくなります。かえって、悔い改めを促すための恵みになります。それまで見えなかった世界が闇の中で見えるようになるために。
                  アーメン

2026年6月14日日曜日

 2026年6月14日 (聖霊降臨節第4主日)

          付知・田瀬教会合同礼拝

                子どもの日(花の日)



『悪霊追放』
          使徒言行録16章16節~24節

16節:わたしたちは、祈りの場所に行く途中、占いの霊に取りつかれている女奴隷に出会った。この女は、占いをして主人たちに多くの利益を得させていた。

17節:彼女は、パウロやわたしたちの後ろについて来てこう叫ぶのであった。「この人たちは、いと高き神の僕で、皆さんに救いの道を宣べ伝えているのです。」

18節:彼女がこんなことを幾日も繰り返すので、パウロはたまりかねて振り向き、その霊に言った。「イエス・キリストの名によって命じる。この女から出て行け。」すると即座に、霊が彼女から出て行った。

19節:ところが、この女の主人たちは、金もうけの望みがなくなってしまったことを知り、パウロとシラスを捕らえ、役人に引き渡すために広場へ引き立てて行った。

20節:そして、二人を高官たちに引き渡してこう言った。「この者たちはユダヤ人で、わたしたちの町を混乱させております。

21節:ローマ帝国の市民であるわたしたちが受け入れることも、実行することも許されない風習を宣伝しております。」

22節:群衆も一緒になって二人を責め立てたので、高官たちは二人の衣服をはぎ取り、「鞭で打て」と命じた。

23節:そして、何度も鞭で打ってから二人を牢に投げ込み、看守に厳重に見張るように命じた。

24節:この命令を受けた看守は、二人をいちばん奥の牢に入れて、足には木の足枷をはめておいた。


1.占いの霊に取り憑かれた女奴隷の叫び

   ここに一人の女性が登場します。この女性は、パウロとシラスにまとわりつくように、「うしろについて来て」は叫んでいたというのです。その叫びの内容は、 「この人たちは、いと高き神の僕で、皆さんに救いの道を宣べ伝えているのです。」というものでした。

 内容は、パウロとシラスの宣教をあたかも宣伝しているかのようなもので、パウロがどうして、彼女に向かって、「悪霊追放」を行ったのかと、疑問を抱いても不思議ではありません。

 彼女が叫んていた内容そのものは、まったく正しいからです。内容が正しいのに、パウロは、彼女を操り動かしている「霊」は、追い出すべき「霊」だと認識していたことになります。

 この事実が私たちに示している事柄は、所謂「悪霊」(悪霊とはここでは言われていませんが)の働きは、内容の正しさによって見極めるのではないということです。悪霊もまた正しい事を語るのです。だから言っている内容が正しいということは、その「霊」の働きが「悪霊」から起源するのか、そうではないのかという判断基準にはならないということです。言説の正しさは、その言説の起源が、悪霊なのか、神の霊なのかを担保しないのです。


2.「霊」を見分ける判断基準

   言説の正しさが、「霊」を見極める判断基準になり得ないとしたら、パウロはどのようにして見極めたのでしょうか。」

   「彼女がこんなことを幾日も繰り返すので」と、ルカは記しています。こんなこととは、パウロ一行にまとわりついて叫び続ける行為です。パウロには、「迷惑」行為だったことがうかがえます。外見的にみれば、宣伝してくれているようにも見えるのですが、パウロにとっては、そうなってはいなかったということでしょう。つまり、いくら言っている事が間違いとは言えないまでも、その言葉をつかう「状況(様態)」、「目的」によっては、語っている内容そのものの意味内容を台無しにしてしまうということが、現実にはあるということです。パウロの立場から言えば、彼女の行為の状況(様態)、目的は、パウロの宣教にとって、妨害行為以外の何ものでも無かったということです。 

 わたしは、福音宣教とは、信仰の対象であられる「まことの神」への信仰から、語られるというきわめて明解な事柄だと考えます。

 この女性は、「占いの霊に取り憑かれている」人でした。

 彼女は、パウロから、主イエスの福音を聞いたことはありません。聴いた事もない、すなわち彼女は自分が知りもしないのに、パウロ一行を指して、「この人たちは、いと高き神の僕で、皆さんに救いの道を宣べ伝えているのです。」と「宣伝」していたのです。

 彼女の状況・目的は何だったのでしょうか。彼女の状況は、福音については「無知」、目的については、今流に言えば、パウロ一行への「褒め殺し」とでも言うのでしょうか。しつこくまとわりついて、自分では知りもしないのに「いと高き神の僕」だと言い立てる訳です。聞いている人にも、彼女が「占い」をして主人をもうけさせる女奴隷だということは知れ渡っている状況ですから、彼女の状況や目的が、パウロ一行を貶める行為であることは、周囲の人々にも明らかだったであろうし、パウロにとってみても、「迷惑」でしかなかったはずです。

 わたしたちは、この事態から、何を教訓として学ぶことができるでしょうか。

 それは、福音宣教は、福音を語る人の「実存」と無関係ではありえないとうことでしょう。

 パウロは、自分自身の実存と離れたところでは、一言も語ってはいなかったはずです。

 女奴隷にとっては、彼女の実存は、実存としてかならずあるはずですが、それは主イエスとは無関係だった。

 ここで、わたしたちは、自分の実存と主イエスの実存が無関係なところでは、ひとことも福音を語れないし、語ってはならないということを知らされるのです。

3.信仰者の実存と離れた宣教は存在しない

   この女奴隷は、福音を聴いたこともなく、従って主イエスを知らないし、信じてもいません。しかし、この女性が、福音を知らないというだけでは、何の罪でもありません。このとき、世界は、パウロ一行をはじめとした圧倒的な少数者しか、主イエスを知らなかったのですから、彼女はそのなかの一人にすぎません。

 彼女はむしろ、知らされなければならない人々の一人として、福音を聴くべき者のひとりでした。言い換えれば、つまり、パウロは、彼女にこそ、福音を伝える責任を負っていたのです。

 彼女に、福音を語るということは、パウロの実存と無関係では有り得ません。

パウロ自身が、キリスト者迫害の中心にいた一人でしたから、迷惑行為によって、パウロの宣教を妨害する彼女に対して、「主イエスならどうなさったであろうか」と思わずにはおれなかったはずだと、わたしは考えます。他人事ではないのです。

 パウロの、かつて自分こそ迫害者だったという彼自身の原体験が、彼女への特別な関心と愛を、彼にもたらしたはずなのです。それがパウロの実存的な「原点」だからです。彼はいっときも自身の過去の罪との対峙なくして福音を語れなかったはずです。

 

4.「悪霊追放」・パウロの自己解放

     「イエス・キリストの名によって命じる。この女から出て行け。」すると即座に、霊が彼女から出て行った。

  だから、パウロのこの「悪霊追放」の命令は、彼が彼女に向かって命令してはいるけれども、この命令は、パウロ自身の内面をえぐることなしには出て来ないはずだと、わたしは思っています。

 かつては、この女奴隷よりもはるかに罪深い迫害者だった自分が、彼女を救えるなどと思ってもみないパウロだったはずです。その彼が、どうしてこのような激越した命令を語り得たのでしょうか。

 彼は、彼女に向かって語ったけれども。「この罪深い自分には、こう命ずる権利など微塵もない」と感じていたのではないでしょうか。

 ですから、ここで命じているのは、パウロ自身でありながら、実は、彼の主イエスへの信仰ゆえに、「自分には語る資格はない。しかし主イエスご自身ならば、この命令を語るに相違ない。そうであれば、主ご自身が、命じてくださっている」、と確信していたからこそ語り得た、私はここを読むときこのように理解せざるをえないのです。

   こう命じるパウロ自身が、主イエスの「悪霊追放」の命令を受けているように感じていたのではないか。彼は主イエスが命じてくださっていると信じることによって、彼自身もまた、解放されている自己を感じていたのではないか。そう思うのです。


5.占いの霊

  さて、この一人の哀れな女性ですが、彼女の内面世界では何が起きていたのでしょうか。

    すると即座に、霊が彼女から出て行った。

  この記述は、古代人にとっての「客観的な描写」だったのだと思います。これを現代のわたしたちが、どのように理解するのかということが重要になります。

 ポール・トウルニエ博士は、来日時の質問に答えて「悪霊」の存在は否定できないと語りました。精神科医であり牧会者でもあったトウルニエ博士の言葉だけに重みがあります。ただ、存在を否定できないという事が何を意味するかは、依然として重要です。

 「悪霊」の存在を、物証的な意味で科学的に検証することは不可能です。ですから、神学的、思想的に、理解する必要があります。

 わかっていることは、パウロが語った悪霊追放によって、この女性の意識と行動には劇的な変化が見られたということです。これは否定できません。

 この変化は、彼女の内面世界においては、どのような変化があったからなのでしょうか。

 占いが金儲けのためのビジネスだったことは、彼女の主人が彼女の占い行為によって、金を稼いでいたという記述から明らかです。

      ところが、この女の主人たちは、金もうけの望みがなくなってしまったことを知り、パウロとシラスを捕らえ、役人に引き渡すために広場へ引き立てて行った。

   ですから、彼女はこの職業によってお金を稼いで主人を喜ばせていたことになります。要するにお金になることをしていたのです。それには客を喜ばせる必要がありますから、この女性は、「読心術」のような特技があったと考えられます。わずかな表情の変化も見落とさずに,何を語れば客が信じたり、慰めを得たり、喜んだりするかを、瞬時に読み取る才能があったと思われます。

 そうして、話を即座に作る訳です。自分がつくった「話」を自分でも信じこんでしまう。客観的には、これは人を騙している事だけれども、それで客が満足するのであれば、金儲けは成立することになります。言うなれば、「詐欺」なのですが、訴える人はいません。なぜなら占いによって自己満足しているから訴えたりしないのです。嘘でも信じていっときでも安心できれば、「救われた」ような気分を味わえるから、感謝して客はお金を支払って帰るのです。

 彼女は、毎日毎日、人の心を読み取り、作り話を限りなくつくり、それを自分でも信じ切って、語るのです。

 そんな彼女は「作り話」に明け暮れていた人生に、彼女はいい加減疲れきっていたのではないでしょうか。虚しさを感じていたのではないでしょうか。嘘で固めた人生に彼女は耐えきれなくなっていた、内面的に限界にきていた。そんな彼女は、自分では何も知らないパウロ一行に、何かを感じたのだと思います。パウロの語る自分にとってはいまだ知らない「いと高き神」に、彼女の空虚な魂を癒す何ものかを感じとっていたのではないでしょうか。おそらくこの魂の渇望こそが、パウロ一行への「つきまとい」となって行ったのではないか、わたしにはそう思えるのです。彼女の状況(様態)・目的が、彼女の限界に来ていた虚ろな魂が、いまだ明確には知らない主イエスの救いの言葉を求めて、この「迷惑行為」を引き起こした、と思うのです。

 だからパウロにとっても、彼女は必要な人でした。

外見的には「迷惑」であったように見えますが、彼にとって、彼女は、パウロ自身、他人事ではない。彼女は主イエスと自分との関わりを想起させ、確認させる存在だったと思うのです。彼女の救いは、彼の救いと結びついていたのです。

 彼は彼女に、主イエスの福音を語ることによって、主イエスの命令すなわち全人類に福音を伝えるという命令に従うことができるからです。

 パウロは、主イエスに代わって、彼女にみことばを語ったのです。

     「イエス・キリストの名によって命じる。この女から出て行け。」すると即座に、霊が彼女から出て行った。

   彼女を支配していた「霊」を、聖書記者は、彼女自身の人格とを区別しています。

 彼女の虚ろな精神世界の状況は、彼女自身の実存的な状況でしたが、その状況は彼女自身が望んで、そうなっているのではないという意味がここにはあります。魂の空虚、魂の危機、限界状況は、本来的な彼女自身の人格ではないのだという理解です。

 この区別によって、彼女の内面世界は、「手術」(オペレーション)を受けた」のです。彼女の危機は、彼女自身から切り分けられたのです。

 そして、主イエスのみことば、主イエスのみことばの力によって、切り取られた「霊」(彼女の魂の空虚、危機)」は、彼女から「追放」されたのです。

 彼女にとって、パウロの命令は、彼女には、「もう嘘をつかなくてもいいんだわ」、「もう作り話をつくらなくてもいいのだわ」という「魂の自由を獲得し得た喜び」をもたらしたことでしょう。彼女は「解放」されたのです。


6.福音宣教が引き起こした「迫害」

    そして、二人を高官たちに引き渡してこう言った。「この者たちはユダヤ人で、わたしたちの町を混乱させております。

    ローマ帝国の市民であるわたしたちが受け入れることも、実行することも許されない風習を宣伝しております。」

   女性の自由は、人格の自由だけではなく副作用を招きました。金づるを失った奴隷所有者はパウロ一行を高官に訴えて逮捕させます。群衆も一緒になって責め立てました。人格の解放は、社会経済への影響を免れなかったのです。社会全体が、「占いの霊」を守る側の精神世界だったから、この秩序に変化をもたらす福音を拒絶したのです。

 ローマの社会を支えていたこの精神世界を、根底から覆す力を目の当たりに見た群衆は、奴隷所有者の金ずるの喪失に、支援の同調をして、パウロ一行への懲罰を要求しました。

 福音が、人間を自由したことが、ほかの人の財産権の侵害だった。そういう社会だったのです。人間の欲望のシステムと人間解放とが衝突するとき、「迫害」という状況が生まれたということなのでした。

 人を自由にする解放のわざが、そのことによって社会全体の抑圧のシステムを根底から揺さぶった。それが「迫害」という状況だったのです。

 パウロは、人の財産を奪ったのではありません。女性の人格を彼女自身のものへと取り戻したのです。それは、奴隷所有者たちの「財産」としての価値をなくすことだったために、損害を与えたことにされたのです。それはもともと彼らが彼女から奪っていたものを失っただけなのでした。

 奪っていた者から、自由人へと解放しただけでした。

 それが、「迫害」の理由です。


7.牢獄の中のパウロたち

 パウロは、ただ主イエスへの信仰故に、主イエスの命令を、彼の人格を通して実行したまででした。

 それは、そうなさずにはおれない必然の行動でした。

 「悪霊追放」とは人格解放をもたらす福音宣教に他なりませんでした。

 それゆえ、この必然に伴う「迫害」は、神の栄光に他なりません。パウロは、外見的には投獄という苦難の状況のなかで、この苦難こそキリストへの追従として、受けとめたに相違ありません。ゆえにこの苦難を神の祝福として感謝し、次の一歩を歩み出す力に満たされていたことでしょう。

 主イエスの栄光に感謝します。  アーメン

 


2026年6月7日日曜日

 2026年6月7日 (聖霊降臨節第3主日)

使徒言行録4章13節~31節

『迫害の現場こそ宣教の場であった』


聖書の引用

13:人々は、ペトロとヨハネの堂々とした態度を見、二人が無学な普通の人であることを知って驚き、また、イエスと一緒にいた者であることも分かった。

14:しかし、足を癒やされた人がそばに立っているのを見ては、何も言い返せなかった。

15:そこで、二人に議場を去るように命じてから、相談して、

16:言った。「あの者たちをどうしたらよいだろう。彼らが行った目覚ましいしるしは、エルサレムの住民全体に知れ渡っているので、否定しようもない。

17:しかし、このことがこれ以上民衆の間に広まらないように、今後あの名によって誰にも話すなと脅しておこう。」

18:そして、二人を呼んで、イエスの名によって一切話したり、教えたりしないようにと命じた。

19:しかし、ペトロとヨハネは答えた。「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか、ご判断ください。

20 :私たちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです。」

21:そこで、彼らは二人をさらに脅してから釈放した。皆の者がこの出来事について神を崇めていたので、人々の手前、どう処罰してよいか分からなかったからである。

22:このしるしによって癒やされた人は、四十歳を過ぎていた。

23:さて二人は、釈放されると仲間のところへ行き、祭司長たちや長老たちの言ったことを残らず報告した。

24:これを聞いた人たちは心を一つにし、神に向かって声を上げて言った。「主よ、あなたは天と地と海と、そこにあるすべてのものを造られた方です。

25:あなたの僕であり、私たちの父であるダビデの口を通し、あなたは聖霊によってこうお告げになりました。/『なぜ、諸民族は騒ぎ立ち/諸国の民は空しいことを企てたのか。

26:なぜ、地上の王たちは立ち上がり/君主たちは集まって/主とそのメシアに逆らったのか。』

27:事実、この都でヘロデとポンティオ・ピラトは、諸民族やイスラエルの民と共に集まって、あなたが油を注がれた聖なる僕イエスに逆らい、

28:御手と御心があらかじめそうなるようにと定めていたことを、すべて行ったのです。

29:主よ、今こそ彼らの脅しに目を留め、あなたの僕たちが、堂々と御言葉を語れるようにしてください。

30:どうか、御手を伸ばし、聖なる僕イエスの名によって、病気が癒やされ、しるしと不思議な業が行われるようにしてください。」

31:祈りが終わると、一同の集まっていた場所が揺れ動き、皆、聖霊に満たされて、堂々と神の言葉を語りだした。

以下 宣教の原稿

1. 神の共同体は感情の共有ではない

   被害感情から宣教の言葉は生まれません。この記録は、事実をもとにしてでなければ描き得ないものだとしか思えません。人間的な感情による情熱にうなされるような「信仰」感からは、このような記録は残せないはずです。

 もしペトロとヨハネが、ほんの少しでも人間的な感情の片鱗でも示していたならルカはこのような描き方はしなかった筈です。人間的な感情、反応というのは、攻撃されたら、敵意をもって反応する。「迫害」や「中傷」にさらされたら、傷つき被害感情を懐く。それが「普通の人」の反応です。つまりは、感情とか心情とか、人間的心理に還元される反応を人間的と思うからです。

 もしペトロとヨハネが、ごく「普通の人」として人間的な感情という反応を示していたなら、反対されたら、ただ敵を憎悪し、被害感情に浸るだけだとしたら、キリスト者共同体は、もはやキリストの肢体たる共同体ではなく、ただの傷のなめ合いのお友だちの集まりに終わっていたことでしょう。教会はもはや存在していないからです。そこにあるのは被害意識を共有するお仲間の集合体にすぎません。

2. 堂々とした態度

   ペトロとヨハネは、「堂々とした態度」でした。この状況は、反対者たちが、なんとか彼らを処罰して,福音宣教を阻止しようとしている、いわば裁きの場であり、迫害の現場でした。この状況は、社会的な力関係でいえば、弟子たちは、裁かれる立場なのですが、霊的には裁く側のサドカイ人を圧倒してます。この「堂々とした態度」という言葉が、このシーン全体を支配しています。

 ここには被害意識、被害感情、敵愾心の微塵も感じられません。

 信仰は感情とか心情とか、人間的心理の所産ではないことがよくわかります。

 ペトロとヨハネから感じられるのは、不動の意志です。

彼らの人格・個性を超えたところ、魂の内奥に存在するイエス・キリストの意志が伝わってきます。

 彼らは、表面的には「無学な普通の人」でした。それだけに、人々は驚愕したというのです。どれほど彼らの霊的な意味での圧倒的迫力に、「ものすごいもの」があったとことでしょう。人々が感じとったものは、ペトロとヨハネを通して働く神の力だったのです。


3. 足を癒された人がそばに立っていた

  ペトロとヨハネは、主イエスがなさった「しるし」、すなわち奇跡的治癒行為を、実行したのです。弟子たちは、イエスの生前、治癒行為を行おうとして、結果できなかったことがありましたが、ここでは、何の気負いも、不安もなく、実行しています。「できなかったらどうしよう」とか、「イエスさまから権能を授かったんだからできるはずだ」とか、そういう不安、気負いは、ここでの彼らからは感じられません。実に、当然のことを当然のように、淡々と、粛々と実行しているのです。もはや彼らではなく、彼らのなかのキリストが実行しているかのようです。

  この堂々たる態度に圧倒されているばかりではなく、癒された当事者がここに生き証人として立っているのです。この事実は否定しようがありません。

   ルカの記述には、この一人の癒された人の存在だけではなくて、この人以前にも奇跡的治癒行為は多々、既に行われていて癒された人が大勢存在していたと思われるのです。エレサレムの住民全体に知れ渡るほど広範囲に行われていたとあるからです。彼らの癒やしの治癒行為は「目覚ましいしるし」として住民全体に認知されていたのです。

 しかし、知れ渡っているから、「否定しようもない。」とルカは記録しているのですが、わたしはこの記述は少し変だと思います。住民全体に知れ渡っているから、否定できないというのは、少し変でしょう。否定できないのは、生き証人が現にここに立っているからでしょう。現に存在する人を否定できるはずがない。

    16:言った。「あの者たちをどうしたらよいだろう。彼らが行った目覚ましいしるしは、エルサレムの住民全体に知れ渡っているので、否定しようもない。」

  文字通り受けとめれば、「エルサレムの住民全体に知れ渡っている」ということは、つまり「人の口には戸を立てられない」というような事態は、もう防ぎようがないというような意味ではないでしょうか。もういくら否定するネガテイブキャンペーンをはっても、とめようがないという意味でしょう。そうであれば、この言葉の意味は、反対する人々は、民衆の評判が急速に広まっていることに危機感を感じながらも、止めようもないと、諦めの心情を吐露しているということになります。学者先生はルカの誇張だと言いますが、それは主観にすぎず根拠はありません。反対する人々の困惑こそが、ルカの誇張だという主張を否定しています。


4.無駄な抵抗、脅しと命令

    17:しかし、このことがこれ以上民衆の間に広まらないように、今後あの名によって誰にも話すなと脅しておこう。」

  反対する人々には、もう為す術は残っていませんでした。彼らは、これ以上民衆の間に広まることを危惧しながらも、困惑しているのです。 無駄な抵抗をする他はありませんでした。

  「今後あの名によって誰にも話すなと脅しておこう。」と、脅しと命令を虚しくする他はありませんでした。

 しかも、彼らとても、内心では、ペトロとヨハネが実行する「しるし」は、二人の内奥にキリストの存在があるのだということを知っていた事が、彼らの脅しと命令によって、その事実が判明します。彼らは、キリスト・イエスの「御名」には、「力」があることを知っていたのです。だからこそ、「御名」を禁じたのです。


5.イエスの御名には「ちから」がある          

    18:そして、二人を呼んで、イエスの名によって一切話したり、教えたりしないようにと命じた。

   反対する人々は、「イエスの御名」に「力」があることを、信仰者ではないにも関わらず、知っていたのです。だからこそ禁じたのでした。かれらは、社会的な「力」では優位にありがら、霊的な圧力においては、彼らのほうが恐れていたのだと、わたしは思います。


6.神と人との、どちらに従うことが正しいか

  ペトロとヨハネには、反対する人々の「脅し」や「命令」は何の「力」もありませんでした。二人にとっては、「脅し」も「命令」も何ほどの権威もなかったのです。

 二人にとって、人の「脅し」「命令」に従うことと、神に従うことのあいだは、「どちらか」は、比較を絶していました。比べものにならないのです。

 この判断は、反対する人々においても、正しい判断ではないのかと、逆に問いかけています。ただ、反対する人々にとっては、二人にとっての「神」は「神」とは見なされてはいません。二人には「神」は当然「イエス・キリスト」ですが、反対する人々にとっては、「イエス」は「神」ではなかった。それを百も承知で、二人は、自分たちにとっての「神」、イエス・キリストに従うことこそ「神」に従うことなのだと、抗弁しているのです。

 「神」は、両者にとっては、「共通」存在ではなかった。それが、両者のはざまにあった現実でした。

 それでも二人は、「見た事や聴いた事を話さないではいられない」と抗弁したのです。


7.見たこと、聴いたこと、神の現実存在

   ペトロとヨハネは、反対する人にとっても、「イエス・キリスト」は「神」なのだと抗弁しました。これは、明らかに福音宣教です。そうです。二人は、迫害者・反対者・敵対者に福音を宣教しているのです。

 二人が「見た事や聴いた事」とは、主イエス・キリストでの出会いにおいて,彼らが経験した神の現実でした。神の現実が二人を変えました。二人は変えられた者として。「いま・ここで」生きています。イエス・キリストが、魂の内奥に内住してくださっている存在として生きているのです。

 二人は、こう語っているのです。

「あなたがたは、あなたがた自身、今はまだ、あなたがた自身をささえ、生かし、導き、共に生きておられるまことの神すなわちイエス・キリストの現実存在を知らないが、あなたがたは、このイエス・キリストによって、既に神と共にある者なのです」と。