2026年6月28日 (聖霊降臨節第6主日)
神の計画(聖書日課によるタイトル)
「聖霊による充満によらなければ、だれもイエスを主と告白することはない」
使徒言行録 13章13節~ 25節
13:パウロとその一行は、パフォスから船出してパンフィリア州のペルゲに来たが、ヨハネは一行と別れてエルサレムに帰ってしまった。
14:パウロとバルナバはペルゲから進んで、ピシディア州のアンティオキアに到着した。そして、安息日に会堂に入って席に着いた。
15:律法と預言者の書が朗読された後、会堂長たちが人をよこして、「兄弟たち、何か会衆のために励ましのお言葉があれば、話してください」と言わせた。
16:そこで、パウロは立ち上がり、手で人々を制して言った。「イスラエルの人たち、ならびに神を畏れる方々、聞いてください。
17:この民イスラエルの神は、わたしたちの先祖を選び出し、民がエジプトの地に住んでいる間に、これを強大なものとし、高く上げた御腕をもってそこから導き出してくださいました。
18:神はおよそ四十年の間、荒れ野で彼らの行いを耐え忍び、
19:カナンの地では七つの民族を滅ぼし、その土地を彼らに相続させてくださったのです。
20:これは、約四百五十年にわたることでした。その後、神は預言者サムエルの時代まで、裁く者たちを任命なさいました。
21:後に人々が王を求めたので、神は四十年の間、ベニヤミン族の者で、キシュの子サウルをお与えになり、
22:それからまた、サウルを退けてダビデを王の位につけ、彼について次のように宣言なさいました。『わたしは、エッサイの子でわたしの心に適う者、ダビデを見いだした。彼はわたしの思うところをすべて行う。』
23:神は約束に従って、このダビデの子孫からイスラエルに救い主イエスを送ってくださったのです。
24:ヨハネは、イエスがおいでになる前に、イスラエルの民全体に悔い改めの洗礼を宣べ伝えました。
25:その生涯を終えようとするとき、ヨハネはこう言いました。『わたしを何者だと思っているのか。わたしは、あなたたちが期待しているような者ではない。その方はわたしの後から来られるが、わたしはその足の履物をお脱がせする値打ちもない。』
1. 救済史観
パウロ一行はキプロス島の西岸パフォスを船出して、地中海をはさんで対岸のパンフィリア州のペルゲに向かいました。ここで、何があったのか、助け手として同行していたヨハネがエルサレムに帰ってしまったとあります。 一行にとっては、試練とも言える出来事だったのかもしれません。 しかし、パウロとバルナバはさらに北上してピシディア州のアンティオキアに向かいました。 ここでも、やはりユダヤ教の会堂で、主イエスの宣教を語ることになります。
ここでパウロが語った事柄は、イスラエルの歴史でした。しかもただの歴史の説明ではなく、神の民に対する神の摂理と神の民イスラエルの態度についての解明でした。イスラエルの歴史とは、主イエス・キリストをお迎えすることこそが神がイスラエルを歴史を通じて最終的に目的とされてきたのだという「救済史」に他ならないということなのでした。
2.「史観」とアイデンティティー
過去を、どのように捉えるかということは、現在の自己自身をどう捉えるかということと緊密につながっています。
日本はかつて「皇国史観」という歴史認識を国民全体に、浸透させて、ついには戦争を拡大しました。他国を侵略し、他国の人々を、「皇民化」政策によって支配しようとしました。国家神道という宗教を創り、人心を支配しようとしたのです。この歴史観は、「日本人」とは何かというアイデンティティーを、天皇の赤子と位置づけました。主権は天皇にあり、国民はすべて天皇の赤子であるというのです。神話が歴史と同一視されました。
昨今、皇国史観の復活とまでは言わずとも、「美しい日本」に期待する勢力が勃興していることを感じます。この「史観」が必然的に戦争を引き起こした過去の教訓は忘れ去られようとしています。
これは我が国がふたたび世界から孤立し、壁をつくり、敵をつくりだす危険な兆候であることは火を見るより明らかです。
だから、このような独善的な「史観」はアイデンティティーと安易に結びつけられてしまうがゆえに危険なのです。この危険を回避するために、わたしたちは過去の歴史の教訓を子細に検証し、平和を構築するための、まったく新たな「史観」を探求しなければなりません。
3.既得権益と侵略の正当化
現在のイスラエルによるレバノン空爆は、イランとアメリカの停戦合意にもかかわらず継続されています。ヒズボラの殲滅が目的だというのがイスラエルの攻撃正当化の言い分ですが、無辜の市民が無差別に巻き込まれて殺されている現実は、世界中が知っています。なぜイスラエルは殺戮をやめないのでしょうか。なぜイスラエルは国際法を無視してパレスチナ占領をやめず、さらなる侵略を続けるのでしょうか。
無論、すべてのユダヤ人がレバノン攻撃を支持している訳ではありません。アメリカ在住のユダヤ人の多くはイスラエルの戦争には反対していると聴きます。ユダヤ人という概念は宗教的概念だと言われています。ユダヤ教を信じる人がユダヤ人なのです。ユダヤ人は、旧約聖書に記されている歴史を自己自身のアイデンティティーとしている人々と言ってよいかと思います。
つまりこの旧約の「史観」を共有している人たちをユダヤ人と言っているのです。 人種概念ではありません。黒人のユダヤ人もいれば、モンゴロイドのユダヤ人もいます。いわゆる白人のユダヤ人もいる。形態的な自己同一性ではなく、歴史を共有することで共同体の成員であることを相互に了解しあっている人々です。
同じ「史観」を共有していながら、壁をつくり、敵を作り、殺戮を正当化する人々がいて、他方では、平和を求める人々がいる。一方では殺すことを、自国のためには辞さない。殺戮を肯定し、正当化する。他方では、かつて自分たちが殺される側にあったことを,他者に強いてはならないとするユダヤ人がいる。
トランプ大統領は大学での「反ユダヤ主義」的な言論を放任しているとして多くの大学に圧力をかけていますが、実際は「反ユダヤ主義」を学生は批判しているのではなく、殺戮行為を批判しているだけでした。「シオニズム」と「反ユダヤ主義」はまったく別物なのです。
「シオニズム」が、ガザ攻撃を正当化し、土地の収奪を正当化しているのです。
4.救済史観の不思議
19:カナンの地では七つの民族を滅ぼし、その土地を彼らに相続させてくださったのです。
(ヘト人、ギルガシ人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人)
イスラエルの歴史をひもとくとき、わたしたちは数多くの戦争がくりひろげられてきた事実を見ます。「聖絶」とか「聖戦」とか呼ばれる惨い戦争をイスラエルは戦い、ある時は勝利し、ある時は敗れるという戦争の歴史を生き抜いてきたことがことこまかに記されています。ある意味、戦争の歴史であり、戦争史観とも見えるのです。そしてこの歴史に神が介入してきたという信仰告白が綴られる。
たしかに戦争の歴史は、イスラエルだけではなく、世界中いたるところで戦争、戦争で明け暮れてきたのが人類史ですから、とりわけイスラエルだけの事柄ではありません。
ただ、現代のイスラエルが、数千年前の古代人と少しも変わらないような、聖戦史観で戦争をやめないのだとすれば、 このことについて無知であってはならないし、放置してよいとは言えないでしょう。事柄は「史観」の問題であり、「史観」の危険性の問題となってくるでしょう。
現代日本の政治家が、織田信長や豊臣秀吉のように、皆殺しをするようなことがあってよいはずはないのと、まったく同じ意味で、イスラエルの政治家が、古代イスラエルの王のように皆殺しをしてよいはずはないのです。しかし、独裁者はヒズボラの殲滅を公言してすこしもはばかりません。どんな思想の持ち主であろうが、信仰の持ち主であろうが、殺してよい人間などひとりもいないのです。
パウロが、この戦争史観とも言えるイスラエル史を救済史として堂々とユダヤ人に語り得た、しかもそれだけではなく人々の心を打ったということに、わたしは不思議な感慨を覚えるのです。ただし、パウロの福音宣教を聴いたユダヤ人たちは、信ずる者と、信じない者との二つに分かたれました。さらに不思議なのは、割礼をいまだ受けていない異邦人が多く信じたのです。
ピシディア州のアンティオキアには、信じた者たちによって教会が成立します。このことは驚異的な出来事だったと思うのです。
5.どうして信じ得たのか
人は信じたいものを信じるものだ、ということは一般的によく言われることです。破壊的カルトの信者の精神性は、たしかに信仰の対象が「真実」であり、「真理」であるから信じているのではなくて、結局は自分が信じたいから信じるという精神性だという人がおそらくわたしも含めてそうだと思います。たとえ嘘であっても、自分が信じたい、だから信じるという具合です。
しかし、初代教会のパウロの宣教と、それを聴いて信じた人々は、そうであったとは、とても考えにくいのです。
なぜなら、ルカが記したパウロの宣教には、人が信じたくなるような要素がまるでないと、わたしには見えるからです。
それを信じれば、なにか自分にとって得するというか、得がたいなんらかの報酬系を刺激する「信じたくなるような」要素が、このパウロの言葉から感じられるでしょうか。
17:この民イスラエルの神は、わたしたちの先祖を選び出し、民がエジプトの地に住んでいる間に、これを強大なものとし、高く上げた御腕をもってそこから導き出してくださいました。
18:神はおよそ四十年の間、荒れ野で彼らの行いを耐え忍び、
この記述は、出エジプトの経験です。荒野の40年は、イスラエルの不信仰にもかかわらず神は決して見棄てることなく耐え忍んでくださったと言っているのです。言うなれば、先祖の不信仰とそれを耐え忍ぶ神の導きを語っているのです。たしかにその記憶は神への感謝でしかないのですが、見方を変えれば先祖の罪への告発です。
20:これは、約四百五十年にわたることでした。その後、神は預言者サムエルの時代まで、裁く者たちを任命なさいました。
この記述も、450年もの長きにわたり、他部族への仮借のない戦争状態が続いたことを語っているのであって、戦争史観そのものでしょう。神の導きだったという理解のもとに、他民族との戦争を戦い抜いたということでしょう。会堂に居合わせたユダヤ人以外の「神を畏れる人々」(16節)は、この歴史をどう聴いたでしょうか。戦争をイスラエルが勝ち抜いたという話です。これを聴いて彼らの心に感銘が生まれたでしょうか。
しかし、結果は多くの人が信じたからこそ、教会が生まれたのでした。わたしにはとても不思議に思えるのです。なぜなのか。
6.信じたい事を信じたのではなかった。
異邦人にしてみれば、サウルだろうがダビデであろうが、ユダヤ人にとっての偉大な王さまだろうけれども、彼らにとっては、極端に言えば、他国の先祖のお話にしか聞こえない存在だったのではないでしょうか。ナザレのイエスが約束のダビデの子であろうがあるまいが、どうでもよかったのではないでしょうか。
そんな彼らが、この戦争史観にまみれた歴史を、主イエス・キリストを人類にお迎えするための救済史と受けとめ、自分自身のキリスト者としてのアイデンティティーの中心・核心として受け入れたというのは、彼らが信じたいと願ったからではなく、福音を語るパウロから、「神の力」を感じとり、信じないことが不可能なまでに、聖霊に満たされたとしか考えられないのです。
人間的な価値判断だけでは、彼らにとって信ずべきなにほどの事もパウロは語ってはいません。むしろイスラエルの武功物語などお話し程度の意味しかなかったはずです。ところが、彼らは、語るパウロと同じアイデンティティーを自分自身のものと信じたのです。神の奇跡としか言いようがありません。
彼らからすれば、自分たちの歴史(神々の歴史=異教の歴史・神話)から観れば「敵」だった民の歴史を、「われらの歴史」と受けとめ始めたのです。奇跡です。
イスラエル、すなわちユダヤ人にしてもそうです。パウロは悔い改めの洗礼を宣べ伝えていたバプテスマのヨハネをユダヤ人の王ヘロデは殺害してしまったし、バプテスマのヨハネが証ししたイエスも殺してしまったというのです。聴いているユダヤ人は、罪の弾劾に聞こえても不思議ではありません。自分たちの同胞が、ヨハネもイエスも殺してしまったという事を、彼が信じたいと思ったとは思えないのです。彼らも信じたいと願ったことを信じたのではないのです。だから、信仰は人間的願望の結果ではないのです。聖霊の力の充満が起きていたのです。
7.あなたたちが期待しているような者ではない。 真の信仰は、人間的な願望や期待の結果ではあり得ないのです。福音が宣教者によって語られるという現実の場において、生起する「奇跡」なのです。「わたし」という存在が、主イエスを主として信じる出来事が起きているという事自体が、「奇跡」にほかなりません。この奇跡が自分自身のアイデンティティーを形成します。するとそのとき、わたしたち自身のアイデンティティーと深いところでつながっているところの「史観」は、主イエス・キリストこそが「はじめ(アルファ)」であり「終わり(オメガ)」である救済史となっていることを見いだすはずです。
また、わたしに言われた。「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。初めであり、終わりである。渇いている者には、命の水の泉から価なしに飲ませよう。 勝利を得る者は、これらのものを受け継ぐ。わたしはその者の神になり、その者はわたしの子となる。(黙21:6)