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2025年12月21日日曜日

 2025年12月21日

田瀬教会10:30

東濃3教会合同クリスマス礼拝  

礼拝後に、愛餐会をします。

クリスマスメッセージ

        2025年12月21日クリスマス説教

        『主イエスの御苦しみを慕う』

 今日も戦火のなかで、家も無く、日々の糧をいただくこともできないでいるわたしたちの人々がいます。

 寒空の下で、暖をとることもできないで、震えながら毛布にくるまるしかない人々がいます。

  世界の片隅に追いやられ、爆撃攻撃が毎日のように継続して、どこへ逃げてゆけばよいのか途方にくれている人々がいます。

 戦争をしかける人々もまた、自国の正しさを、為政者たちのいいなりに信じる他なく 「敵」も「味方」もともに命を失う惨禍を前にして為す術なく、傍観者然として責任をひたすら「敵」になすりつけるしか生き方を知らない人が多いのでしょう。

 「反戦」思想は「国賊」「売国奴」のものと決めつけ、「敵」の「死」には、心を痛めようとしません。

 戦場と化した町々、村々のクリスマスは、誰もが苦悶しながら、涙をこらえて過ごす、静かなクリスマスでしょう。

 本来、歓喜をもって迎えたい人類の救い主イエス・キリストの誕生を、不安と恐怖、悲哀と忍耐のなかで迎えねばならないのです。

  主イエスは、国中が、ヘロデの嬰児殺害命令布告による多くの赤子の殺戮の恐怖が蔓延する環境のなかで生まれます。多くの母親たちが嘆き泣き叫ぶ声が静かな村々に響き渡ります。

 赤子を殺すように命じられた兵士たちも、殺さねばならない宿命に深い悔悟の思いを持たずにはおれない筈です。泣きながら助命を嘆願する母親から赤子を引き裂くようにして奪い、剣で突き殺すのです。なにゆえに、こんな残酷な命令を王はくだすのか。誰もが思ったことでしょう。

 けれども武力をもってする強制力の前には、必死の抵抗も無力なのです。

 主イエスが生まれるとき、この地は権力と権力がせめぎ合い、妥協、打算がぶつかり合う世界でした。王の横暴は人命の生殺与奪を恣にしていたのです。なぜ人はこのような悪の前で翻弄されねばならないのでしょう。この慨嘆は、昔も今も変わらないのです。

 神は、この悲惨な世界に、人類の救い主イエスをお送りになりました。主イエスは、権力に権力をもって対抗するために来られたのではありません。その逆の力をもって「この世」をお救いになられたのです。逆の力とは、一人の幼子として、人に知られずに生まれることでした。すなわち、「無力」という力です。

 「無力」こそが、神が人類を救う「力」なのでした。

 人は、「無力」な幼子の前で、ある決断を迫られています。それは権力を捨てるという決断です。人を支配し、自分の思うままに支配し、操るという「欲望」を断念する決断です。「無力」な存在の前に、無力な存在へと変えられることを良しとして、「無力」な存在なりに、「力を尽くし、思いを尽くし、神を愛する」者となることです。これこそがクリスマスの夜の礼拝でした。

 この世の片隅へと追いやられている羊飼い、異邦人として差別されながらも堂々と「異教」世界で生きてきた「占星術の学者たち」。いずれも、圧倒的な権力で古代世界の支配者だった大ローマと、属国となりながら虎の威をかってユダヤの支配権益を恣にする俗物ヘロデからみれば、差別・軽侮の対象でしかなかった人たちでした。神は、このような社会の周縁者、被差別者をこそ、人類の代表として召されたのです。

 「無力」な神の子の前に、「無力」な者たちが「力を尽くし、思いを尽くし、神を愛する」者とされたのです。これは、全人類が、神にどこまでも己をむなしくされ、その十字架の死に至るまで従順であられた神の子イエスのように、驕ることなく、主なる神に従う、倣う者となるためでした。

 だから、クリスマスは「決断」の時なのです。

 神の子イエスが、十字架の死と復活によって、人類の全てを「神の子」とするために、この世に来て下さった。このキリストのケノーシス(謙卑)は、神ご自身のケノーシスであるから、人はこのケノーシスの神の来臨に際して、己を捨て、神に従う「決断」をする時なのです。

 主イエスは、人類のために、そして他ならぬこの「私」のために、十字架の死を死んでくださった。この神の受苦こそが、「私」を罪から解放するための「贖い」だから、わたしたちは、キリストの受苦にこそ感謝し、慕いつつ礼拝せざるをえないのです。

                                                                                                     


アーメン


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