マイブログ リスト

2026年1月26日月曜日

 2026年1月25日(日)(降誕節第5主日)

マルコによる福音書1章21節~28節

『宣教の開始』


                『宣教の開始』

                    マルコによる福音書1章21節~28節

21一行はカファルナウムに着いた。イエスは、安息日に会堂に入って教え始められた。

22人々はその教えに非常に驚いた。律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。

23そのとき、この会堂に汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだ。

24「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」

25イエスが、「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると、

26汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行った。

27人々は皆驚いて、論じ合った。「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。」

28イエスの評判は、たちまちガリラヤ地方の隅々にまで広まった。


1.カファルナウムという町

 イエスは故郷ナザレではなく、カファルナウムという町を「わたしの町」と呼んでいた。ここでペトロをはじめとした弟子たちを呼び出した。ペトロの家もみつかっている。イエスはペトロの家に滞在していたかもしれない。この町でイエスは多くの奇跡を行った。本日は、この町の会堂での出来事である。


2.安息日に会堂に入って

   会堂、それはユダヤ教のシナゴーグと呼ばれる会堂である。主イエスは、ここ会堂で聴衆を得ている。このことは、主イエスがユダヤ教社会のなかで、福音宣教を開始されたことを意味する。堂々と会堂に、しかも安息日に「教え始められた」のである。聴衆は、すべてユダヤ教徒だ。聴衆であるユダヤ教徒は、イエスを、「教え」を説く者として受け入れていたのである。

 安息日は、律法学者たちが教えを説く場となっていた。聴衆、会衆は礼拝をしに集まっていたのだから、イエスが教えを語り始めたときには、会衆は律法の解釈を語るものだとばかり思っていたはずではないかと考えられる。はじめから、驚くべき教えを語ることを期待していた筈はない。

 会衆は、いつものように律法のすぐれた解釈を,静かに聴こうと待機していたに違いない。イエスは、彼らにとってはラビとしては新顔だけれども、あくまでユダヤ教のラビとして受け入れていたと考えるべきだろう。


3.人々の驚き 

  ところが、会衆がこの新顔の青年の口から語られた「教え」を聴いたとき、彼らは「非常に驚いた」のであった。その理由は、彼らが聴いた言葉は、どうみても「人に見える」この青年の語る言葉は、人の口から語られたものとは到底思えなかったからだった。「律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。」とマタイは記述した。「権威ある者として」というのは、人の権威をはるかに超えた「神的な権威」を意味するからだ。

 この「人々の驚き」は、しかし、会衆がイエスを、メシア、キリストと信じたという信仰告白にまで至る「驚き」ではなかった。

 

4.「驚き」は直ちに信仰告白の次元ではない。

  会衆は、イエスの言葉に、たしかに神的な権威を感じたし、聴いた。しかし、人は神の権威を感じたとしても、そのことから直ちにイエスへの信仰告白の次元へと飛躍することはないということを、わたしたちは、ここでの会衆のことを黙想するとき、認めざるをえない。彼らはたしかに衝撃をうけた筈だ。驚愕した筈なのだ。しかし、彼らの人格内部に彼らの全人格を完全に動かすという「動き」にはならなかったからだ。

 この町の住人は、1500人ほどだったようだ。この町からイエスに従う弟子の共同体が生まれたのは事実である。しかし、弟子たちのあとに続く弟子の共同体が生まれ、弟子たちと同じ歩みをはじめたとは書かれていない。「悔い改め」はついに起きなかったのだ。マタイによる福音書11章の以下の記述に注目したい。

    20それからイエスは、数多くの奇跡の行われた町々が悔い改めなかったので、叱り始められた。

    23また、カファルナウム、お前は、天にまで上げられるとでも思っているのか。陰府にまで落とされるのだ。お前のところでなされた奇跡が、ソドムで行われていれば、あの町は今日まで無事だったにちがいない。

    24しかし、言っておく。裁きの日にはソドムの地の方が、お前よりまだ軽い罰で済むのである。」わたしのもとに来なさい。

 人は、神によって選ばれたならば、人の力には関係なく、信仰は生起する。がしかし、そこに神の選びがないのならば、いかに神の圧倒的な「権威」や「奇跡」を経験しても、信仰は生起しないのだ。

  わたしたちは、「人々の驚き」の現実をみて、主イエスの「宣教」、主イエスの「伝道」が、ただちに実を結ぶことはなかったという現実を見る。

 実に神がなさる業は、人の思いを超えているのだ。

 

5.「神の選び」は「悔い改め」を結実する

  「イエスは、数多くの奇跡の行われた町々が悔い改めなかったので、叱り始められた」とマタイは記している。

 カファルナウムは、主イエスに愛された町であった。

 人々は数多くの奇跡を目撃・経験したが、ついに悔い改めなかったために、強く叱責を受けたのだ。

 だから、わたしたちは、カファルナウムの轍を踏むことなく、自らを常にみつめ直して、「悔い改め」ることが、必要なのである。これを「自己糾明」とイグナチオ・デ・ロヨラは呼んだ。(『霊操』)


6.汚れた霊に取りつかれた男のこと

 なぜだろう。礼拝に来ている会衆になかに、「汚れた霊にとりつかれた男」がいて、叫んだという。

 まずこの男が、会堂にいたということをどう理解すべきかということが気になる。イエスが登壇する前には、会衆は静かに礼拝を守るこころの準備をしていたことであろう。そのときには、この男は他の会衆のなかにいたはずであるけれども、おとなしくしていたのだろう。他の人となんら変わりなく、「汚れた霊にとりつかれた男」だとは誰も考えなかったと、わたしは考える。つまり、人に対しての迷惑行為をするようには、見られてはいなかった。

 イエスが「権威ある者として」語り始めると、会衆はその神的な権威に驚愕し始めた。その男は、イエスの神的な権威と、それに衝迫を受けた会衆の反応に呼応するかのように、突如として反応したのだ。

 この男の叫んだ言葉は、イエスが神的権威をもって語り出すと同時に、この男の中の「汚れた霊」が、この男をして語らせたのである。叫んでいるのはこの男にとりついた汚れた霊なのだ。ゆえに、この男自身が語っているのではまったくない。彼に取り憑いている「汚れた霊」が語っているのだ。


7.「汚れた霊」の挑戦とその目的

    24「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」

 「汚れた霊」は、イエスのことを知っていた。「ナザレのイエス」と呼んでいることからわかる。相手の名を知っているということを相手に知らせることで、彼はイエスに挑戦しているのだ。「こっちはお前の正体を知っているぞ」とばかりに優位な立場に立とうとしているのだ。

 会衆が大勢いるなかで、彼のみが「イエスが誰であるか」を知っていた。彼は自分がイエスよりも上であると他の会衆にアピールしたのである。

 「みんな、この新顔のラビをきどっている若造は『ナザレのイエス』だ。オレはこの男を知っている。正体はこのオレには分かっている。『神の聖者』だ。」

 「汚れた霊」は、イエスに向かって叫んでいるが、その内容はそこに居合わせた会衆にも聴かせていたのである。

  「汚れた霊」の正体が、この「叫び」によって露見した。「イエスの正体」を暴露することで、彼の目的が吐露された。

    「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。」

  汚れた霊の動機と目的は、内容からして明白だった。

  それは、「関係の断絶」である。

 イエスが神的権威をもつ『神の聖者』だということを彼はよく知っていて、そして、それゆえにこそ交わりを断ちたいということが彼の根本動機だということなのであった。神との関係を持ちたくないのである。これこそが、「霊の汚れ」の内容なのである。イエスが『神の聖者』だからこそ、関係したくないのだ。この動機を、彼は会衆にもアピールしている。

 さらに彼は、イエス到来の意味、すなわち神がイエスをこの世に遣わされた目的をも知っていた。「我々を滅ぼしに来たのか」という言葉がそれを示している。

 神が人類を救おうとされていることを彼は知っている。神との完全な交わりを、イエスは人類にもたらそうとしている。それは「神との関係断絶」という事態を、「神との関係回復」へと完全にかえることであり、「人間」から「汚れ」(すなわち神との関係断絶)をとりのぞくことである。

 ゆえに、この「汚れた霊」は、ただこの気の毒な男に取り憑いているというだけの存在ではない。人類の「汚れ」を代表している「霊」なのである。

  彼の狙いは、会衆を神との関係断絶を「感染」させることだった。だからこそのアピールなのだ。

8.主イエスの命令

   「汚れた霊」の「叫び」を聴いていた会衆は、イエスの教えに驚愕し、震撼を覚えたけれども、「汚れた霊」の「根本動機」は、彼らにとっても、同罪の動機が心の奥底にはあるので、「汚れた霊」の言葉に、彼らも共感していたと、わたしは考える。「汚れた霊」は、この哀れな「取り憑かれた男」だけのものではなく、会衆ひとりひとりにも共通している罪と、深いところで通じ合っていた筈だ。この「汚れた霊」に取り憑かれた男は、居合わせたひとりのひとりの「鏡」だったのだ。他人事ではないのだ。

 だから、主イエスの叱責は、直接にはひとりの男に向けられていたが、実は、居合わせた会衆ひとりひとりにも神は語りかけておられたと理解すべきなのである。それどころか、ひいては、全人類にむけての叱責なのだ。イエスは、自分自身の内奥に潜む神との交わりを拒否するという根本動機を、自分自身から引き離せ!と命じておれるのである。

    25イエスが、「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると、

    26汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行った。


9.悪霊追放を目撃した会衆の「驚き」と「議論」

    27人々は皆驚いて、論じ合った。「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。」

  「汚れた霊」の挑発は失敗に終わった。

 主イエスの命令は、あくまで神との交わりを拒否しようとする人間の罪を、人間自身から引き離し、追放する命令だった。

 この命令には実効力が伴っていた。悪霊は男に痙攣をおこさせ、退散したのだ。このありさまを目撃、経験した会衆は、再度改めて驚愕した。そして互いに論じ合った。彼らはイエスとの今後の交わりを、どうすればよいか「相互に」議論をするようになった。

   彼らはイエスの神的な現実性を経験している。そして「悪霊追放」の事件をどう理解したらよいのか、決めかねているし、「権威ある新しい教えだ。」と、イエスの教えを受け入れてもいるようだ。

 ただ先に確認したように、イエスとの今後の交わりを、どうすればよいか「相互に」 議論をするようになった。

 衝撃・驚愕・震撼を彼らは経験しつつも、あの男をどこかで、他人事として距離をおいて見ている。自分の問題とは受けとめていない。あの「男」は会衆全員の「鏡」なのに、彼らは「「鏡」を見ようともしない。


10.評判

    28イエスの評判は、たちまちガリラヤ地方の隅々にまで広まった。

「イエスの評判」は、速い速度で、ガリラヤ地方の隅々になるまで、広まった。

 しかし、この「評判」は、ついに「悔い改め」という果実を実らせることはなかった。最初の宣教は、真実な信仰告白を告白する人々を生み出すことはなかったのである。そのことはマタイ11章20節以下に示されているように、イエスは「悔い改めない」カファルナウムを厳しく叱責していることでわかる。

 神の奇跡を間近に経験しながら、カファルナウムの人々は、「悔い改めの」の実を結ばなかった。イエスについて行った者達も、結局最後は、ゴルゴタの丘で、主イエスを嘲笑する側に身を隠したのだ。

 しかし、この現実こそ、すべての人に捨てられ、非難・中傷に晒され、十字架の死へと向かうという独り子イエスの贖い主としての使命にとって、必要な「果実」であったのである。

 主イエスは、「殺す側の論理」によって「殺される側」となるため、この道を歩んでおられるのだ。

 この主イエスの御苦難と、同道することこそが弟子たるわたしたちの道なのである。

  主よ、あなたの御苦しみを、偲ばせてください。アーメン

2026年1月18日日曜日

 2026年1月18日(日)(降誕節第4主日)

『最初の弟子たち』

マルコによる福音書1章14節~20節

              『最初の弟子たち』

         マルコによる福音書1章14節~20節

 坂下教会での宣教です。(午前)



田瀬教会での宣教です。(午後)


14 ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、

15 「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。

16 イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。

17 イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。

18  二人はすぐに網を捨てて従った。

19 また、少し進んで、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、

20 すぐに彼らをお呼びになった。この二人も父ゼベダイを雇い人たちと一緒に舟に残して、イエスの後について行った。


以下は宣教原稿です。(あくまでもメモです。)


1.献身

    マルコにおける最初の弟子たちの召命は、「献身」とはいかなるものであるかを、きわめて端的に示している。

 キリスト者はすべからく「献身」者である。わたしたちは献身しているのだ。その自覚をもって生きている。

 だから、この弟子たちの召命から、「献身」とはいかなるものなのか、深く学ぶところがあるのである。


2.神からの接近

  「献身」は、無論のこと、自らの意志で、文字通り身を捧げるのであるが、矛盾するようだが、自分からすすんで「献身」しているようであっても、実の所は、自分のその献身の意志というものは、神ご自身が、まずもって接近してくださり、わたしたちの魂を選び、捉えてくださっているがゆえに、「献身」しないではおれない自己とされているということなのである。 わたしが神を選んだのではない。神がわたしを選んでくださった。選ばれたがゆえに、自ずから神に従おうとする心が内心に沸き起こり、その心に忠実に従っているだけなのである。

  「シモンとシモンの兄弟アンデレ」もそうだった。彼らが主イエスを見いだしたのではなかった。彼らは彼らの仕事にうちこんでいた。そこにはなんの不満も悩みもない。職業人として誇りをもって仕事に励んでいたのだ。彼らにとって、「漁師」という仕事はかけがえのないものだったはずだ。

 そこに、主イエスが突如として現れた。

    16 イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。

 主イエスがシモンとアンデレを「ご覧になった」のである。

    17 イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。

    18  二人はすぐに網を捨てて従った。

    

3.信従

 主ご自身が、まずはじめにシモンとアンデレをご覧になって、命じたもうたのである。神からの呼びかけが先行しているのである。人が神を選んで信従するのではない。神がまずもって呼びかけてくださったのだ。信仰、信従は、人間の側の求道心とか宗教心とか、人間内部にそなわっている何かに起源するものではないということを、わたしたちははっきりと知らねばならない。

 シモンとアンデレが、イエスを知って、その偉大さに感動・感銘をうけて、「この人なら信頼できる」と考えたので従ったのではまったくないのだ。信仰・信従は、人の側に選択の権利があって、その権利を行使して始まる、という事柄ではまったくない。神を選ぶ権利は人にはない。神は偶像ではないのだ。

 偶像は原則、人が選ぶことができる。なぜなら偶像は人が創ったものだからだ。自分が創ったものは自分で毀すことも、選ぶことも容易い。しかるに神は人がつくった偶像ではない。神は神なのだ。神は人を創造されたお方であって、創り主なる神は人を選び、人を呼び求めてくださった。

 主イエスがシモンとアンデレをご覧になって、呼ばわったように、わたしたちにも主イエスが呼ばわってくださったからこそ、わたしたちは主を、神を慕い、愛し、従おうとする魂が揺り動かされるのだ。


4. 二人はすぐに網を捨てて従った。すぐに。

   主イエスから呼びかけられた「二人」は「すぐに」網を捨てて従った。二人は、主から、網を捨てるようにと明じられた訳ではない。二人の判断は同時的に起きた。示し合わせた訳ではないし、何か高邁な議論をして結論を出したという事ではさらにない。二人同時的に生起したこの一連の行為は、信仰・信従の原形とも言うべきものだ。

 「網を捨てて・・・」。この行為が含意する事柄は重大である。彼らは財産を捨てたのであり、生業の道具を捨てた。彼らはこれからの「日々の糧」はどうしようかなどという算段は何もなかった。必要なものは神が与えてくださるというイエスの教えも、彼らはまだ知らない。

 知らないにもかかわらず、二人は、そのような「生きるすべ」をも考えず、ただ主イエスの命じられたまま、「従った」のである。ここには、「献身」の原形がある。

 「すぐに」。この「即座に」行動が生起する「動き」には、信仰・信従の特質を観ることができる。信仰・信従とは「動き」なのである。信仰・信従は「人格の運動」なのだ。


5.超俗・献身

    19 また、少し進んで、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、

    20 すぐに彼らをお呼びになった。この二人も父ゼベダイを雇い人たちと一緒に舟に残して、イエスの後について行った。

   ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネにも、まず主ご自身がご覧になり、そしてすぐに呼ばわった。彼らも、シモンとアンデレ同様に、モビリテイ(すぐに,即座に)が描かれている。

 彼らも、シモンとアンデレ同様に、「行き先を知らずに」従った。主イエスの呼びかけを、神ご自身の呼びかけと信じたとしか見えない。やはり、「行き先を知らずに」、「すぐに」という彼らの動きには「献身」、「超俗」という事柄が示されている。


6.主イエスの明確な俊敏さ

    19   すぐに彼らをお呼びになった

   この「すぐに」は、主イエスの行動の俊敏さを示している。

 ここには「迷い」がない。弟子たちがただちに従ってゆくありさまを想像すると、この確信に満ちた主イエスの行動の比類の無さ、俊敏さには驚かざるをえない。確信に満ちた「動き」だ。なんのためらいもない。

 弟子たちの主の召命に応答する俊敏さにも驚きを禁じ得ないが、より以上に主イエスご自身の驚異的な俊敏さから、福音宣教を開始した主イエスの強固な意志を感じないわけにはいかない。実に堂々たる、確固たる旅姿であろうか。


7.洗礼者ヨハネの命運に伴う強固な意志

 わたしたちは、主イエスの俊敏な行動から、そして弟子たちの俊敏な信仰・信従・献身の行動からも、開始された主イエスの宣教への不動の意志を察することができる。

    14 ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、

    15 「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。

 洗礼者ヨハネのところで、主イエスはヨハネから洗礼をお受けになられたときに、言われたことばを忘れてはならない。

    「正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。」(マルコ1:16)

 主が、「われわれにふさわしいこと」と言われた「正しいことすべて」とは、主イエスの公生涯全体が意味する事柄、すなわち、子なる神として人類を救うために、十字架の道を行く事であった、そのことをはっきりと知ることができる。

 洗礼者ヨハネが獄に捉えられたということは、洗礼者ヨハネが、主イエスの歩まれる十字架の死への道に、先だって、つまり先駆者として、罪なきにもかかわわらず死なねばならないという命運を意味していた。

 主イエスの先駆者として、いまやヨハネの死が確定的になったことを知り、主イエスは、ヨハネに代わって、ヨハネと同一の道を、ヨハネと共に歩んでゆくというご自身の宣教の道を、歩み始められた。

 だからこそ、主は、この苦難への道を、堂々と、弟子たちを呼び集めつつ、その足を進めたのである。


8.ためらいなき足取り

   その宣教の道を歩まれる主イエスにはなんの迷いも躊躇いもない。だからこそ、弟子たちを呼ばわる言葉、行動は俊敏極まりない。ここには、主イエスご自身の「献身」の姿がある。 この主イエスの呼びかけに、シモンとアンデレも、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネも、実に「即座に」、同時的に、超俗し、主イエスに、信仰・信従した。ここにわたしたちが倣うべき「献身」の姿がある。

 主よ、わたしたちは、すでに、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」との御言葉を賜っています。主の呼びかけをわたしたちは聞きました。しかし、主よ、今一度、いまここで、くださった御言葉を、あらたにわたしたちの魂の奥底に、響き渡らせてください。そしてかの弟子たちと共に、主と共に歩ませてください。    アーメン

2026年1月7日水曜日

2026年1月11日(降誕節第3主日)

マルコによる福音書1章9節~11節

『イエスの洗礼』

                『イエスの洗礼』
マルコによる福音書1章9節~11節
9 そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。
10 水の中から上がるとすぐ、天が裂けて〝霊〟が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。
11 すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。
                   マタイによる福音書3章13節~17節
13 そのとき、イエスが、ガリラヤからヨルダン川のヨハネのところへ来られた。彼から洗礼を受けるためである。
14 ところが、ヨハネは、それを思いとどまらせようとして言った。「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたが、わたしのところへ来られたのですか。」
15 しかし、イエスはお答えになった。「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。」そこで、ヨハネはイエスの言われるとおりにした。
16 イエスは洗礼を受けると、すぐ水の中から上がられた。そのとき、天がイエスに向かって開いた。イエスは、神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのを御覧になった。
17 そのとき、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と言う声が、天から聞こえた。




1.十字架への道
  主イエスは、洗礼を受けられた。洗礼が意味するものは何か。
 それは「死」である。
 創世記には、「ノアの箱船」の物語が登場する。神さまが人の邪悪なのをご覧になり、ノアとその家族を除いて滅ぼすということを決断されたという出来事である。
 ノアは神のお示しになるとおり、地上のあらゆる動物のつがいを、建造した箱船に入れた。神は40日40夜大雨を降らせ、地上は水に覆われる。この「洪水」で多くの人びとは死に絶えた。
 「神は愛なり」と、福音は宣言している。だが人類を滅ぼすというこの神さまの審判の行為をどう理解したらよいのか。洪水の審判から、わたしたちは神さまのはっきりした意志を見る。すなわち神さまは人を命あるものとされるお方であると同時に、命を滅ぼすこともできるお方であるということを知るのだ。
 神は命を与え、奪うお方なのである。
 そして、この出来事からわたしたちが学ぶことは、神は邪悪さを裁かれるお方だということだ。神はわたしたちを見ておられる。そして裁かれる。わたしたちの一挙手一投足を神はすべてご存じなのだ。
 神は、邪悪さとは交わることはなされない。交わるということは、互いが影響し合うことに他ならないからだ。神が邪悪さを帯びるということはないのである。神との交わりは、神の影響を受けるということであって、神が邪悪さの影響を受けるということはないのである。
 
2.滅んだ人々は「邪悪さ」そのものだったのか。
 それでは、滅んだ人々は「邪悪さ」そのものだったのだろうか。おそらくそうではあるまい。
 「邪悪さ」一色の人など、よほどの悪人でないかぎり、そうそういるものではない、とわたしは思う。
 良いところもあったに違いない。
 なにも、まったくの悪人でもないのに、神はすべての人を何故に滅ぼされたのか。
 人は良きことをするが、悪しきこともする。
 善人が悪をなすこともあれば、悪人が良きことをなすこともあるのだ。
 つまり、神の好意を得たノアとても、人品はさして変わらぬ人たちではなかったか。
 ではなぜ?
 ノアは神の好意を得たとある。「恵みを得た」という意味である。神の明白な意志である。神はノアを選びたもうた。神の選びは、神の自由な意志による。この神の意志に、わたしたちには、どんな詮索も意味をなさない。神がそうお決めになられた。これ以上のことは、人である者には、立ち入ることができない事柄であって、わたしたちはただこの神の意志を肯んずる以外になにができよう。神は神でありたもうのだ。
 そうであれば、滅んでいった人々のことを、わたしたちはどのように考え、思えばよいというのか。

3.滅んだ人々への思いはいかなるものであるべきか
 神に滅ぼされたのだから仕方ないのと考えるのをやめるのか。わたしはそうは思わない。滅ぼされた人々の、死後の命運を思わないではおれないのだ。神は命を与え、奪う権能をもっておられるお方だ。神は、この人々を愛しておられないのか。
   神は愛なり。神は愛でありたもうお方だということを、わたしたちは主イエスによって知らされている者だ。愛のお方であられる神が、滅んでいった人々をも愛していたもうことは、わたしには疑い得ない。
 しかし、神は、邪悪さと交わることはなさらない。
邪悪さの本質は、神を神とせずに、自己を神とすることにある。
 自己神化こそが、生物学的死よりもはるかに深刻な「死」である。滅ぼされた人々の「死後」は、永遠の「滅び」なのか。自己神化したまま、神ならざる者であるにもかかわらず、自己を神とする「死」にとどまり続けるのか。
 滅ぼされた「普通の人(The Ordinary Man)」は、生物学的死の後に、さらに神の審判を待つことになるだろう。最後の審判までの「あいだ」の時はあるのだろうか。あるとして、この人々に、はたして「救い」はあるのか。彼らには「救い」はあるのか。
 神が愛のお方であられるのなら、彼らにも「永遠の命」を、与えたいと切望されているのではあるまいか。
 主イエスは、彼らをも愛したもうのではあるまいか。
 主イエスは、ご自身を殺そうとする者を愛したもうた。神の子を殺す者を愛された。おのれを神とする者は、まさに「神を殺す」者だ。洪水審判で生物学的生命において滅んだ人たちは、「神を殺すことを選んだ」人々だった。それが「邪悪さ」の正体だった。彼らは滅んだ「普通の人(The Ordinary Man)」であったかもしれないが、神の前で,神を拒み,自らを「神」とし続けたことを、神は裁かねばならなかった。神は「無神性」とは交わることができない。
 しかし、主イエスは、「神殺し」の者たちを愛し抜かれた。 わたしたちは、この主の愛に倣うことが勧められているのではないか。主イエスが愛したもうように愛すべきではないか。 滅び行く者たちに、神がその罪を赦し、神なき世界から、すなわち「無神性」の世界から、救い出してくださることを信ずべきではなかろうか。 
「かしこより来りて、生ける者と死ねる者とを審きたまわん。」
  わたしたちが信じ,告白するこの言葉は、彼らの絶望ではなく希望なのではあるまいか。
 生物学的な死ののち、彼らの「無神性」に「死」を、たまうのではないか。「死」の「死」である。滅びなければならないのは、「無神性」「自己神化」という「死」であって。この「死」に対して決定的な「死」を与えたもうのではないか。
 わたしたちは、ゆえに、そのことを祈り願う。
 洪水審判のとき、溺れ死んだ人々を、神は、その罪にもかかわらず、神ご自身が、御子イエスによって、彼らの「死」を「死」に至らしめたもう事を信じて、祈るべきではなかろうか。

4.洗礼は罪に「死」に、「主にあって甦る」事を意味する
   洗礼は、洪水審判を比喩として再現する神の業である。
 全身を水のなかに沈ませることで、罪においては「死ぬ」のである。一度死んでから、神によって引き上げられることで、新しき神にある命へと甦る、「新生」するだ。罪人たるおのれは死なねばならない。死んで、新生するのである。新生した命は、自分の命ではない。キリストの命が宿る命である。インマヌエルの命である。キリスト・イエスと共なるいのちである。

5.主イエスの洗礼が指し示しているものは何か
 わたしたちが洗礼を受けることの意味は、以上述べたことであるが、これは罪人であるわたしたちに該当する意味に他ならない。主イエスが洗礼を受ける事とは区別される。
 それでは、罪なきお方であられる主イエスがなぜ、洗礼者ヨハネから洗礼を受けたのか。
 主イエスが洗礼を受けようとヨハネのもとに来たとき、ヨハネは、「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたが、わたしのところへ来られたのですか。」と、引き留めようとしたとマタイによる福音書は伝えている。
 ヨハネの洗礼は「罪の悔い改めのバプテスマ」と呼ばれていたほどで、罪人を「悔改め」させることに意味があった。
 それゆえ、罪なき方イエスにこの「洗礼」を授けることは畏れ多いからだ。ヨハネ自身、イエスを「見よ、世の罪をとりのぞく神の子羊だ」と叫んでいたのだ。
 「しかし、イエスはお答えになった。『今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。』」
 主イエスは、しかしこのヨハネの振る舞いを振り切る。「今は正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしい」とヨハネを諭す。当然、いったい「正しいこと」とは何であるかが問題になる。言うまでもない。主イエスが、その公的生涯を、この洗礼の一事をもって開始されようとしている刻(とき)である。主イエスは、これから歩もうとしている「十字架の道」「復活の道」をはるかに見晴るかして、人類救済という父なる神から託された使命の全体を「正しいことすべて」と言っているのだ。
 しかも重要な事は、「われわれにはふざわしいこと」だと言っているのであるから、この救いの御業を、洗礼者ヨハネと共に歩まんというのである。「死にて甦る」まさに「十字架と復活」を、主イエスの洗礼は意味しているのであるアーメン


2026年1月5日月曜日

 2026年1月4日 (降誕節第2主日)

ルカによる福音書2章41節~52節

『エルサレム訪問』


1.毎年、過越祭には
    毎年といっても、エジプトでの難民生活をしているときは、いくらなんでもエルサレム訪問はできなかったのではないか、と思われる。嬰児虐殺を命じたヘロデ王が亡くなって、狙われる危険が去ってから、聖家族は故郷に帰還することになるからだ。危険が去らないあいだに、危険をおかしてまでしてエルサレム訪問をすることは無謀ではないかと思う。
 だから、「毎年」とは言っても、それは故郷への帰還を果たしてから後であろう。
 それにしても、エルサレム訪問は、聖家族すなわちヨセフとマリアが、神への敬虔な信仰者であったことを示している。
 ヨセフは「正しい人」であったと記されているし、マリアは天使ガブリエルの受胎告知を従順に受けとめているからだ。
 二人が幼子イエスを迎えるにあたって示した決断、行為、実践には、幾多の信仰的な試練があったが、これらの葛藤を二人は乗り越えてきた。驚くべき信仰の堅固さである。
 結婚の約束をしているとはいえ、同居する前に、マリアが懐胎したことは、人間的な常識からいえば、姦通を疑ってしかるべき事態だった。ヨセフが懐胎の事実を知り、ひそかに離縁しようとしたのは、彼が、マリアを深く愛していたからだった。離縁の責任を自己一身に負い、マリアの罪とさせない為だった。自らに罪の責めを負うことに、彼は「正しさ」を見いだしていたのだ。しかし、その現実が神によってもたらされた出来事であるという啓示を、神はヨセフにお示しなった。彼は神の示しをそのまま受けとめて、離縁をせずに、自分の子として受け入れる。ここにも彼の「正しさ」の証明がある。
 マリアもまた、天使の告知を受け、「神にできないことはなにひとつない」という御使いの言葉を信じた。
 いずれも、神の介入に対する驚くべき従順である。「信ずる」という事柄が、現実に身体の奇跡へと時とともに、現出してゆく。彼らの歩みは、奇跡以外の何ものでもない。
2.主イエス12歳のときのエルサレム訪問
 この頃は、ヘロデの脅威は去っていたのだろう。ルカの記述から聖家族の様子はある種ののんびりとした平和な雰囲気を感じる。長男のイエスがひとりエルサレムに残っているのに、家族の誰も気づかない。
 「イエスが道連れの中にいるものと思い一日分の道のりを行ってしまった」のである。一緒に旅をしていると思い込んでいたのだ。その間、だれもイエスのことを気に懸けない。
 12歳にもなれば、分別もつき、親がいちいち気に懸けずともしっかりしていると思われていたのかもしれない。12歳という年齢はこどもとおとなの中間で、思春期に入ろうかという時期だから、しっかり者とみなされていたのかもしれない。
  あるカルト宗教の人たちは(旧統一協会)、イエスが家族から充分愛情を受けていなかったから、いなくなっているのに放置されていたのではないかと考えているが、それはない。
 両親は長男であり、神から啓示を受けて授かったイエスを特別に愛していたはずだ。イエスを守るために、家族は遠くはるかエジプトまで逃避行をしてきただから、特別な愛をイエスは父母から受けていたことは間違いない。
 だから、この日の父母の「思い込み」は、こどもなのに、大人のようにしっかり成長したことからきたものだったことだと考えられる。いわばイエスへの過大評価が生んだ「思い込み」である。両親・家族の愛情の深さは、イエスを捜す行動をみればいっそうはっきりする。
    「それから親類や知人の間を捜し回ったが見つからなかったので捜しながらエルサレムに引き返した。」
 エルサレムへと捜しながら引き返すヨセフとマリアの心痛が伝わってくるようだ。ここに二人のイエスへの愛情を感じないわけにはいかない。
3.三日の後イエスが神殿の境内で
   イエスが家族の一行から姿を消してから三日目という日のことであろう。
 一行がエルサレムを出発して丸一日経ってから、いないことに気づく。気づいてから捜しながらエルサレムに引き返すのに丸一日かかる。これで丸2日経つ。丸2日経過した後の翌日だから、三日の後ということだ。
 ヨセフとマリアはエルサレムの街中を捜したことだろう。イエスがいそうな場所を捜したはずだ。
 両親がイエスを見つけたのは、神殿の境内だった。
    「イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。」
   この時の両親の思いはどのようなものであったのか。
 わずか12歳の少年にすぎないイエスが並み居る学者たちの真ん中に座っている。そればかりか「話を聞いたり、質問したりしていた」というのだ。
 この光景は、一見して少年にもかかわらず学者たちと対等に議論をするほど、賢く聡明な天才少年だという印象を与える。
 少年時代のイエスは、それほど聡明だったという光景だ。
 しかし、わたしは、少年イエスの聡明さもさることながら、若輩にすぎない少年を相手に、議論をまじめにしている学者たちの態度に興味を覚える。
    「聞いている人は皆イエスの賢い受け答えに驚いていた。」
  そしてさらに、この議論の様子を傍で「聞いている人」の反応がいっそう、少年イエスの賢さに驚嘆することで、天才ぶりが強調されるのである。
 少年時代の主イエスの様子を伝えるのはこのルカの記述だけだ。キリスト・イエスは類い希な賢さと聡明さを兼ね備えた天才的な少年であり、その賢さに周囲の者たちは、敬意や驚嘆をもって観ていたというのである。
 このような異彩を放つ少年であれば、その名声は小さなユダヤ教社会ではさぞとどろいていたであろう考えてもなんの不思議もない。
 しかし、その後のイエスが、名声を博して有名になったとか、注目されて育ったとか、そういう形跡は皆無としかいいようなないほど、記録にない。
4.なぜこんなことをしてくれた
    「両親はイエスを見て驚き母が言った。『なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。』」
   ルカの神学的な意図は、天才少年イエスを描くことだったのだろうか。わたしは違うと思う。
 主イエスの宣教は、病を癒したりしながら貧しき人々を招き、愛する神の愛を実践することで、人々が「神の人」をイエスにみて、信ずる人々が集まった。そして同じことで、憎む人々が生まれた。そういう福音宣教だったのであり、イエスの賢くて聡明な「知恵」への賞賛や驚嘆ゆえに人々が信じた訳ではない。
  たしかに主イエスは非凡な才能を少年時代に発揮していたと考えるのことは間違いではないだろう。しかし、それがゆえに、わたしたちは主イエスがキリストであると信ずるのでは毛頭無いのである。主イエスが神の独り子なる神であられるからこそ信ずるのであって、主イエスが優れた知恵と知識の持ち主だから信ずるのではないのだ。
 このことは、主イエスにとってもっとも身近な存在である両親の反応によって、明確にされる。
    「なぜこんなことをしてくれたのです。」
   両親は、心配、心痛の切実さをイエスに訴えている。この心痛・心配がイエスへの愛情から発していることは明らかである。両親は、イエスの利発さを喜んではいない。学者や周囲の人々の感嘆や評価など両親には眼中にはない。イエスの活躍ぶりを誇る気持ちなどさらさらない。人の評価がいかに高かろうが両親にはどうでもよかった。両親には、「こんなこと」より、黙っていなくなることがいかに自分たちの心を痛めさせたかをイエスが思いやれないことを悲しんでいるのだ。
 両親からしてみれば、イエスが自分たちの思いに配慮してくれないようにしか受けとめられないのだ。
 人として、このような両親の反応は、愛情深い親の思いとしてはよく理解できる。
 (わたしたちが、どんな思いであなたを必死に捜していたか、あなたは考えられないの?)という思いだろう。この親の思いこそが両親の切なる思いであって、学者と対等に議論したり、受け答えが賢く、人々がびっくりしたとか、そんなことは両親には、どうでもよかったのだ。
5.どうしてわたしを捜したのですか
    「するとイエスは言われた。『どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを知らなかったのですか。』」
    「しかし両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった。」
 少年イエスの答えは、両親には理解しがたい意表をつくものだった。
 しかし、イエスの、不思議なこの応答こそが、ルカが信仰の言葉として読者に訴えているものである。
 ここには、人間としての情愛溢れる両親の言葉と振る舞いと、両親には理解しがたいイエスの愛の世界とが見事な対比を示されている。
 イエスに、両親の人の親としての情愛の深さ、それゆえの心配・心痛がわからないはずはない。イエスは神なのだ。
 イエスはヨセフとマリアという人の子として誕生した。人の子として育まれて成長するまさしく人として、公的生涯を出発する日を迎えるまで、この両親の子として生きているかぎり、両親の愛情を一身に受けて育つのだ。
    「それからイエスは一緒に下って行きナザレに帰り両親に仕えてお暮らしになった。母はこれらのことをすべて心に納めていた。
     イエスは知恵が増し背丈も伸び神と人とに愛された。」
   だから、イエスは誰よりも人としての愛情の世界を知っていた。親の思いがわからぬはずはない。父母の心配・心痛は痛いほど理解できていた筈だ。しかし、主イエスは、人の愛情の世界に埋没して生きるような人生を生きていたのではなかった。イエスには、「父なる神」との「愛の世界」にこそ、プライオリティー(優先順位)があったのだ。
 イエスは神から離れ、神に背いた人類を、神との交わり、神と親子の関係へと結びつける「救い」を、人間世界にもたらす聖なる使命を常に自覚していた。イエスにとっては、人間の愛情の世界を神と共なる愛の世界へと、まったく新たに創造するということこそが、最も重要な事柄だったである。
6.インマヌエルの神人イエス(神殿)
 この聖なる使命に生きるイエスにとって、神は常にご自身と共にあるお方である。
 主イエスは「神が共におられる(インヌマヌエル)」人であるがゆえに、捜しておられるのは、神ご自身なのだという事実を主イエスは両親に暗々裡に伝えたのだ。父なる神こそが、罪深い人類を、限りなき愛をもって捜し続けて来られた。
 神こそが、深く痛み、人類を捜し求めておられる。
 この神殿は、神が共におられることを最も力強く証ししているではないか。だからこそ、「私自身がこの神殿が証ししている活ける神殿なのである」と主イエスは言われているのだ。いまは分からなくても、やがて人類に、明らかにされる時が来る。主イエスが、このように、神殿を「父の家」と呼んだのは、「父の家」に「いる」イエスが父なる神の独り子であるのだという「自己啓示」を意味する御言葉だったからなのだ。
7.母はこれらのことをすべて心に納めていた
   そのときはわからなくても、分かるときが必ず来る。
 主イエスが、公的生涯を開始されたとき、神殿境内で「宮清め」をなさった。そのときに、「わたしはこの神殿を壊し三日後に再建する」と語られたとき、その神殿がご自身を指していると弟子たちは理解した。
 いつしか母マリアも神殿が主イエスの比喩だということを、やがて知る時が来たであろう。 
 わたしたちもまた、キリスト者自身もまた、神の宮(神殿)であることを自覚する時が来る。
 主イエスの神殿と共なる存在とされることによって、わたしたち自身が、イエスと共なる存在へと変えられるからである。                       感謝