2025年3月2日公現後第8主日
マタイによる福音書14章22節~36節
「湖上を歩きたもう主イエス」
事前の黙想
湖上を歩く主イエスの奇跡について、考えてみましょう。
「水の上を歩くことなどできるはずがない」、子どもでもこのように考えることでしょう。ファンタジーならばともかく、現実としては考えられないと思う人が殆どではないでしょうか。このような出来事が本当に起こったとは信じられないと思う方は多いことでしょう。
わたしも、主イエスでない他の人が、このようなことをしたというのであれば、決して信じません。
まことの神にしてまことの人でありたもう方(神人)イエスであられるからこそ、このような出来事が起こったと考えるならば、逆に出来ないはずはないと思います。
福音書にこの出来事が書き残されたという事実を考えるとき、かくも簡潔に事実として記述されていることは、事実この出来事があったからこそ残されているとしか考えられません。これを初代教会の「信仰のイエス」による虚構だとか、創作だとかですませてしまえるのは、自分に理解出来ないことを自分の理解可能な枠のなかにおさめてしまおうという「合理化」にすぎません。
全能の神にできないことは何一つないのです。
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